本多忠升(読み)ほんだ ただたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠升」の解説

本多忠升 ほんだ-ただたか

1791-1859 江戸時代後期の大名。
寛政3年10月9日生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)本家の本多忠薫(ただしげ)の4男。本多忠奝(ただひろ)の養子となり,享和3年伊勢(いせ)(三重県)神戸(かんべ)藩主本多家5代。大坂加番代,一橋門番などをつとめた。古賀精里(せいり)の高弟で,藩学を朱子学に統一し,藩校を教倫堂(こうりんどう)とあらためた。安政6年8月22日死去。69歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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