本多忠民(読み)ほんだ ただもと

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠民」の解説

本多忠民 ほんだ-ただもと

1817-1883 江戸後期-明治時代の大名
文化14年2月26日生まれ。讃岐(さぬき)(香川県)高松藩主松平頼儀(よりのり)の子。本多忠考(ただなか)の婿養子となり,天保(てんぽう)6年三河(愛知県)岡崎藩主本多家(定通系)5代。翌年の三河加茂郡百姓一揆(いっき)を藩兵を出動させてしずめた。京都所司代をへて,幕末難局に2度老中をつとめた。明治16年1月29日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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