本多忠永(読み)ほんだ ただなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠永」の解説

本多忠永 ほんだ-ただなが

1724-1817 江戸時代中期-後期の大名,俳人。
享保(きょうほう)9年5月17日生まれ。本多忠統(ただむね)の子。寛延3年伊勢(いせ)(三重県)神戸(かんべ)藩主本多家2代となる。日光祭礼奉行,大坂加番代などをつとめ,在任10年で隠居。和歌,茶道をたしなみ,「俳諧ふたわらひ」などを編集した。文化14年5月17日死去。94歳。号は清秋,長月庵,老俳仙など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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