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受難曲 じゅなんきょくpassion music

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

受難曲
じゅなんきょく
passion music

新約聖書中の4つの福音書に基づいて,キリスト受難の物語を取扱った音楽。原則として4つの福音書のいずれかに基づいて作曲されるので,「マタイ受難曲」「マルコ受難曲」「ルカ受難曲」「ヨハネ受難曲」と呼ばれる。古くからカトリック教会では聖週間にキリスト受難の福音書が朗読されていたが,12世紀頃から3人の神父が,それぞれ,キリストの役,福音史家の役,群衆その他の役を受持って朗唱されるようになり,このような習慣から受難曲が生れた。 15世紀になると群衆の部分に合唱が用いられるようになり,16世紀初め頃にテキスト全体をポリフォニックに作曲するという方法がみられるようになった。 17世紀なかば以降ルター派の作曲家たちによって生れた新しい型の受難曲は,レチタティーボを用いたり,アリアやコラールの形に自由に作られた詩を導入し,形式的にはオラトリオの形体に近いものになった。バッハの『ヨハネ受難曲』 (1723) ,『マタイ受難曲』 (29) はこのジャンルの最大の傑作である。

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百科事典マイペディアの解説

受難曲【じゅなんきょく】

キリストの受難を福音書によって物語風に歌った曲。復活祭の前に教会で演奏され,はじめはラテン語によった。キリスト(バス),聖書の記事を歌って物語を進行させる福音史家evangelista(テノール)などが登場する。
→関連項目キリスト教音楽テレマンマタイ受難曲

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世界大百科事典 第2版の解説

じゅなんきょく【受難曲 Passion】

聖書に記されたイエス・キリストの受難の物語を音楽化した作品をいう。受難曲は,本来四つの福音書のいずれかをテキストとして作曲されるものであるが,なかでも《マタイによる福音書》と《ヨハネによる福音書》によるものに古今の名曲が多い。これは,マタイの記述が叙事的広がりと劇的な物語性に富み,ヨハネの記述は簡潔ながら意味深く緊迫した場面の連鎖をなすからであると思われる。古くは四つの福音書の記述を総合したテキスト〈スンマ・パッシオニスsumma passionis〉に作曲することも行われた。

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大辞林 第三版の解説

じゅなんきょく【受難曲】

キリスト受難の物語を劇的に表した音楽。独唱・合唱と管弦楽とによる大規模なものが多い。典礼音楽に準じた扱いをうけるが典礼とは無関係なオラトリオ風のものも多数作曲された。バッハの「マタイ受難曲」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

受難曲
じゅなんきょく
passion 英語 フランス語
Passionドイツ語

『新約聖書』の四福音書(ふくいんしょ)のいずれかに伝えられるキリスト受難の物語に作曲された音楽。その歴史は長く、すでに初期キリスト教時代には聖週間にキリスト受難が朗唱されていたことが知られている。
 中世のローマ典礼では、単旋律の受難曲が用いられた。物語に登場するイエスや群衆(トゥルバ)および福音史家の役割が分担され、劇的な効果を出すために、朗唱する音域や速度も指定された。これが後のあらゆる受難曲の起源となった。15世紀中ごろになると受難曲は徐々に長いものになるとともに、多声音楽による作曲づけがされていく。この多声音楽の典礼的受難曲は、応唱的受難曲と通作的受難曲に分けられる。前者は、単旋律の福音史家の朗唱と、じかに語りかける多声の部分が応答するもの、後者は、福音史家を含めたすべての部分が多声部で扱われているものである。16世紀イタリアではイエスのことばが作曲される受難曲も出始め、さらに17世紀にかけて応唱的受難曲が数多く生み出された。この時期の多声音楽による受難曲の重要な作曲家には、スペインのビクトリアやフランドルのラッソ(ラッスス)らがいる。
 一方プロテスタント系の作品には、17世紀に至るまで応唱的受難曲が多かったが、ヨハン・ワルターによるドイツ語の応唱的受難曲は、プロテスタント受難曲の模範と仰がれた。またシュッツは三つの応唱的受難曲を残しているが、これらはルター派信仰の情熱を秘めた名作である。
 17世紀なかば以後、バロック時代の劇的な要素が受難曲にも反映していく。聖書のテキストに自由な表現が挿入されるとともに、レチタティーボやアリアなどの使用により、作曲様式はオラトリオの形態に近づいていった。この傾向は18世紀を過ぎるとさらに強まり、本来の意味での受難曲は独自のテキストによる受難オラトリオに席を譲った。このような時代を背景にもちながらも、J・S・バッハによる『ヨハネ受難曲』(1723初演)と『マタイ受難曲』(1729初演)は、聖書的性格を根底に置き、そこに叙情的・劇的要素などを織り込んだ音楽史上の傑作で、受難曲本来の威厳をとどめている。20世紀におけるクルト・トーマスの『マルコ受難曲』(1927)やディストラーの『コラールパシオーン』(1933)は、シュッツやバッハの精神の復興を目ざした作品である。[磯部二郎]

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世界大百科事典内の受難曲の言及

【バロック音楽】より

…他方オラトリオは,オペラの影響を受けながらも,高揚した宗教的感情を表現するために合唱を重視する形式へと育っていった(ヘンデル)。中世以来の受難曲も,このオラトリオの作曲様式を吸収することによって,バロック時代に比類のない高みに達した(J.S.バッハ)。歌曲は通奏低音を伴う形が一般的であったが(アルベルトHeinrich Albert(1604‐51),クリーガーAdam Krieger(1634‐66)ら),芸術的表現の密度においては古典派以降の高みに及ばず,代わってセミ・ドラマティックな形式であるカンタータが世俗カンタータ(A.スカルラッティ),教会カンタータ(J.S.バッハ)の両面ですぐれた成果を生んだ。…

※「受難曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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