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本多忠顕 ほんだ ただあき

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美術人名辞典の解説

本多忠顕

岡崎藩本多家当主。松平頼謙の次男。本多家の養子となる。従五位下、中務大輔に任じられる。天保9年(1838)歿、63才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本多忠顕 ほんだ-ただあき

1776-1838 江戸時代後期の大名。
安永5年4月16日生まれ。伊予(いよ)(愛媛県)西条藩主松平頼謙(よりかた)の次男。本多忠典(ただつね)の養子となり,寛政2年三河(愛知県)岡崎藩主本多家(定通系)3代。在任中に藩財政の立て直しをめぐって,改革派と忠顕をかつぐ反改革派が対立し,改革は失敗におわった。天保(てんぽう)9年3月4日死去。63歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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