本小漆川村(読み)もとこうるしがわむら

日本歴史地名大系 「本小漆川村」の解説

本小漆川村
もとこうるしがわむら

[現在地名]大江町本郷ほんごう

南を月布つきぬの川が東流し、北はいちさわ川により境される河岸段丘上にあり、東は段丘崖左沢あてらざわ町に接する。もと小漆川村で、村名は市ノ沢川の旧名小漆川よる。東西に長い小漆川村集落のうち、本小漆川村に属する家は中央部に、新小漆川しんこうるしがわ村に属する家はそれを挟むように東と西に位置していた(「大江町史」地誌編)。元和八年(一六二二)最上氏領から左沢藩領になったのが本小漆川村で、同年幕府領になった部分を新小漆川村とよんだ。寛永八年(一六三一)幕府領庄内藩預地、翌九年庄内藩領となり、慶安二年(一六四九)松山藩領となり幕末まで続く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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