本川原遺跡(読み)ほんごうらいせき

日本歴史地名大系 「本川原遺跡」の解説

本川原遺跡
ほんごうらいせき

[現在地名]鳥栖市永吉町字本川原

荻野(おぎの)から太田(おおた)を経て東へ延びる中位段丘の東端、緩やかな傾斜の丘陵上にあり、標高二六メートル。縄文時代後期より古墳時代前期に至る貯蔵穴・住居跡・方形周溝墓などが昭和四八年(一九七三)、四九年、五三年の三次にわたり調査された(「本川原遺跡」昭和四九、五〇、五四年・佐賀県教育委員会刊)。

遺構は、縄文時代晩期黒川式土器や石器を伴う袋状竪穴二基、弥生時代終末期の三世紀末と推定される長方形竪穴住居跡二、時期不明竪穴住居跡二、古墳時代前期四世紀中頃とみられる竪穴住居跡五と、その一部を破壊して造られた住居跡に続く時期の方形周溝墓二基が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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