本所柳原一丁目(読み)ほんじよやなぎはらいつちようめ

日本歴史地名大系 「本所柳原一丁目」の解説

本所柳原一丁目
ほんじよやなぎはらいつちようめ

[現在地名]墨田区江東橋こうとうばし一丁目

よこ(大横川)東岸、北辻きたつじ橋東側にあり、南のたて川に沿って東西に続く片側町。西は横川を隔てて本所花ほんじよはな町、南は竪川を隔てて本所柳原三丁目、北は伊勢亀山藩石川氏下屋敷。本所柳原一―六丁目の六町はもとは神田徳右衛門かんだとくえもん町柳原土手内、のちの豊島としま(現千代田区)あたらシ橋際の郡代屋敷(現中央区)辺りの浅草門前道にあったが、寛文元年(一六六一)一部を残し火除地として上地となり、引料を与えられて本所三ッ目みつめ横川東西に代地を下し置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む