本所花町(読み)ほんじよはなまち

日本歴史地名大系 「本所花町」の解説

本所花町
ほんじよはなまち

[現在地名]墨田区緑(みどり)四丁目

本所緑(ほんじよみどり)町五丁目の東に続く。東は横(よこ)川(大横川)を隔て本所柳原(ほんじよやなぎはら)町一丁目、南は竪(たて)川を隔て本所徳右衛門(ほんじよとくえもん)町二丁目・本所菊川(ほんじよきくかわ)町一丁目、北は御書院番植村氏屋敷などの武家地。もとは神田旅籠(かんだはたご)町一丁目(現千代田区)前の通りにあった町屋で、門跡前花(もんぜきまえはな)町と称した。これは筋違(すじかい)橋(現同上)外にあたり、のちの浅草本願寺が同地にあった時の門前の町屋で、香花を商ったことから花町の町名が付けられたという。明暦大火後の寛文元年(一六六一)上地となり、本所竪川南岸二之(にの)橋の二町ほど下の、のちの本所林(ほんじよはやし)町五丁目・本所徳右衛門町一丁目の地に代地を与えられ、本所花町一丁目・同二丁目となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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