本願寺鹿児島別院(読み)ほんがんじかごしまべついん

日本歴史地名大系 「本願寺鹿児島別院」の解説

本願寺鹿児島別院
ほんがんじかごしまべついん

[現在地名]鹿児島市東千石町

鹿児島市街地中心部に位置。浄土真宗本願寺派本尊阿弥陀如来。明治九年(一八七六)九月、鹿児島県の真宗禁止が解除されると京都本願寺は直ちに大洲鉄然をはじめ多数の僧侶を派遣して開教に着手した。開教事業は廃仏毀釈運動が激しかった当地方では容易でなく、本願寺派僧侶も迫害を受けた。加えて同一〇年二月西南戦争に遭遇し、大洲鉄然ら一一師が私学校徒に捕縛され三〇日間投獄され、また同年三月開教事業本部の築町つきまち説教所、再建された金生町かなふまち説教所が戦火で焼失するなどといった事態にも遭遇した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 本堂

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む