机浜村(読み)つくえはまむら

日本歴史地名大系 「机浜村」の解説

机浜村
つくえはまむら

[現在地名]北淡町富島としま小倉おぐら

石田いしだ村の北にあり、北は海に面する。西方支流を集めながら北流してきた富島川が海に入る。天正一四年(一五八六)一一月三日の羽柴秀吉知行方目録に「つくへ」とみえ、高一千一九三石余。正保国絵図に机浜村とあり高三七五石余。ほかに浜村のうちとして机石田村が記される。天保郷帳でも机浜村とあり高三七五石余、旧高旧領取調帳でも机浜村。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む