机浦
つくえうら
石田村の北にあり、北は海に面する。狭い浜辺に集落があり、背後はすぐ丘陵地となっている。海沿いに西浦街道が走る。もとは正保国絵図・天保郷帳などに記される机浜村のうちであったが、浜寄りの船乗りなどの多い漁業地帯である当浦と、農業地帯である石田村とに分れたといわれる。永正一六年(一五一九)八月三日の道者売券(来田文書)にみえる「つくへ七村」のうちの「はま 一ゑん」にあたるか。天保郷帳・旧高旧領取調帳などに当浦はみえず、「堅磐草」「味地草」などの地誌類では机浜村に代わり当浦が項目となっている。反別戸数取調書に机浦がみえ、無高。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 