机浦(読み)つくえうら

日本歴史地名大系 「机浦」の解説

机浦
つくえうら

[現在地名]北淡町富島

石田いしだ村の北にあり、北は海に面する。狭い浜辺集落があり、背後はすぐ丘陵地となっている。海沿いに西浦にしうら街道が走る。もとは正保国絵図・天保郷帳などに記される机浜つくえはま村のうちであったが、浜寄りの船乗りなどの多い漁業地帯である当浦と、農業地帯である石田村とに分れたといわれる。永正一六年(一五一九)八月三日の道者売券(来田文書)にみえる「つくへ七村」のうちの「はま 一ゑん」にあたるか。天保郷帳・旧高旧領取調帳などに当浦はみえず、「堅磐草」「味地草」などの地誌類では机浜村に代わり当浦が項目となっている。反別戸数取調書に机浦がみえ、無高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む