杉原理興(読み)すぎはら ただおき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「杉原理興」の解説

杉原理興 すぎはら-ただおき

?-1557 戦国時代の武将
備後(びんご)(広島県)沼隈郡(ぬまくまぐん)山手の銀山城主大内義隆の命で尼子方の山名忠勝の安那郡神辺(かんなべ)城を攻めおとして城主となり,山名氏を称す。のち尼子氏にしたがい大内氏とたたかう。尼子氏滅亡後は毛利氏に属す。弘治(こうじ)3年死去。名は忠興とも。また「まさおき」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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