杉山町(読み)すぎやまちよう

日本歴史地名大系 「杉山町」の解説

杉山町
すぎやまちよう

[現在地名]東区大阪城おおさかじようもり宮中央みやちゆうおう一―二丁目

明治一二年(一八七九)成立した町。江戸時代の大坂城の北と東の外堀の外周部で、北は寝屋川・平野川、東は猫間ねこま川、南は農人橋のうにんばし筋で区画されていた地域。北から北の仕切曲輪・玉造蔵曲輪・玉造口定番屋敷・同与力同心屋敷・算用曲輪があった。北の仕切曲輪はきよう橋南詰から鴫野しぎの橋までの間で、徳川時代唯一の三ノ丸部分。玉造蔵曲輪はその東にあって、摂河泉をはじめとした幕府領年貢が納められた。玉造蔵曲輪の南は玉造口定番屋敷・同与力同心屋敷(「大坂城図」大阪城天守閣蔵)。寛永年間(一六二四―四四)の大坂御城並町中之図(南波松太郎氏蔵)では、算用曲輪の東側と農人橋筋の南北両側、および城代屋敷東側は町屋が描かれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android