杉峰城跡(読み)すぎみねじようあと

日本歴史地名大系 「杉峰城跡」の解説

杉峰城跡
すぎみねじようあと

[現在地名]瑞穂町西郷 杉峰名

有明海に向かって延びた舌状台地(標高三六・五メートル)に築かれた中世の城跡。史料上に西郷さいごう城とあるのも当城とされる。西郷氏の用いた城とされ、正和四年(一三一五)肥前河上かわかみ(現佐賀県大和町)の造営用途をめぐる訴訟に際して西郷藤三郎幸朝(行友)がみえている(同年五月二七日「鎮西下知状」河上神社文書)。南北朝期には西郷次郎が南朝方として居城しており(北肥戦誌)、観応三年(一三五二)二月に彼杵そのき庄から高来たかく千々石ちぢわ(現千々石町)に向かった足利直冬方の小俣氏連に応じて、安富泰治は閏二月一七日に馳せ参じ、宿直警固し、「野井城・西郷次郎城杉峰之合戦」に参加している(同年三月五日「安富泰治軍忠状」深江文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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