杉江潤治(読み)スギエ ジュンジ

20世紀日本人名事典 「杉江潤治」の解説

杉江 潤治
スギエ ジュンジ

昭和期の新聞経営者



生年
明治25(1892)年3月2日

没年
昭和52(1977)年6月29日

出生地
東京・青山

学歴〔年〕
神戸高等商業学校〔大正5年〕卒

経歴
山下汽船に入り計算課長などを経て、大正15年大阪朝日新聞社に転じ、東京在勤監査役付として経理事務担当。昭和2年東京朝日会計部長、12年営業局次長兼会計部長、14年印刷局長兼印刷部長、東京朝日青年学校長、15年営業局次長兼映画班長(役員待遇)、同年取締役、17年業務総務、20年内務局長。戦後戦争責任問題で役員ら総退陣のあと野村秀雄らと善後処理に当たり、21年取締役退任、社友。24年博報堂に入り、常務専務を経て42年退任。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「杉江潤治」の解説

杉江潤治 すぎえ-じゅんじ

1892-1977 昭和時代の経営者。
明治25年3月2日生まれ。山下汽船をへて大正15年大阪朝日新聞社に入社,経理事務の近代化につとめた。昭和15年から21年まで取締役。24年博報堂に入社,37年専務取締役。昭和52年6月29日死去。85歳。東京出身。神戸高商(現神戸大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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