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李冰 りひょう Lǐ Bīng

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世界大百科事典 第2版の解説

りひょう【李冰 Lǐ Bīng】

中国,秦の政治家。生没年不詳。昭王(在位,前306‐前251)のとき蜀(四川省)の太守となり,岷江(みんこう)の治水事業にたずさわった。すなわち,成都の民を発して,灌県の北西の江中に都江堰(とこうえん)と呼ばれる堰堤を築いて流れを二分し,さらに水門を設けて水量の調節をはかった。この水利施設により付近一帯は洪水の害をまぬがれたばかりでなく,灌漑や航運に便利となり,蜀の地に計り知れぬ利益をもたらしたと伝えられる。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の李冰の言及

【四川[省]】より

…およそ紀元前250年ころ,成都平原の北西,灌県の岷江では〈都江堰(とこうえん)〉が築かれた。これは秦の蜀郡守であった李冰が息子李二郎とともに民衆を指導して建設したものである。灌県は岷江が邛崍山系から盆地に流れくだる扇頂の部分にあたり,洪水も多かった。…

【成都】より

…その後蜀郡の太守張若はさらに小城を三つ増築し,成都の範囲を拡大したが,張儀城は大城,張若城は少城または子城,小城ともよばれた。都江堰(とこうえん)を開いた李冰(りひよう)は張若のあと蜀の太守を継いでいる。漢代には東方から漢族が多数入り,また成都の人口支持力も高まり,元帝の時代には長安についで全国四大都市の一つに数えられるようになった。…

【長江】より

…楚は国都郢(えい)付近で,長江と漢水とを結ぶ運河を開削した。また,秦は巴蜀を征服したが,蜀の郡守,李冰が成都の北西灌県で〈都江堰(とこうえん)〉を建設した。これは岷江を内江,外江に二分,内江をいくつかの用水路に分け,成都平原一帯の耕地を灌漑,外江は岷江本流として洪水調節の役割をもたせた画期的なものである。…

【都江堰】より

…中国,四川省中部,都江堰市にある古代の水利施設。紀元前250年ころ秦国の蜀郡太守李冰(りひよう)父子が大衆を率いて建設したとの記録がある。岷江(みんこう)中流に〈魚の口〉とよぶ水流調節堤を設け,内江と外江に分流,内江は〈宝瓶口(ほうへいこう)〉を通り,多数の用水路に分けられ成都平原の耕地を灌漑,外江は岷江本流として洪水調節の役割を果たす。…

※「李冰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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