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成都 セイト

百科事典マイペディアの解説

成都【せいと】

中国,四川省の省都。特産の蜀錦から錦城ともよばれる。成都盆地の中心にあり,成昆(成都〜昆明),宝成(宝鶏〜成都),成渝(せいゆ)(成都〜重慶)などの鉄路と岷江(びんこう)の水運により水陸交通は至便である。
→関連項目四川[省]

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世界大百科事典 第2版の解説

せいと【成都 Chéng dū】

中国,四川省中央部,四川盆地北西部の市。省人民政府所在地。人口293万(1994)。北西の邛峡(きようらい)山系や九頂山から南東の竜泉山方向に流れる長江(揚子江)の支流の岷江(みんこう),沱江(だこう)が形成した沖積平野成都平原の中央部を占める。〈蜀山氏(しよくさんし)〉とよばれた隴西(ろうせい)すなわち甘粛の羌(きよう)族の一派が九頂山をへて成都平原に入り,周の末期に国都をおき,成都と名づけた。

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大辞林 第三版の解説

せいと【成都】

中国、四川省の省都。米・茶・薬材などの集散が盛ん。絹織物工業が発達し蜀錦として知られる。三国時代の蜀の都。チョントゥー。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

成都
せいと / チョントゥー

中国、四川(しせん)省の省都。1983年には隣接する温江地区を併合し、2001年現在8県を管轄し、4市の管轄代行を行う。人口1013万3475、市轄区人口335万8592(2000)。人口や工業生産量では東方にある中央直轄市の重慶(じゅうけい)のほうが大きいが、良好な自然条件のうえに古い歴史と文化をもち、省の中心となっている。四川盆地の西端、岷江(びんこう)のつくる扇状地の扇端に位置し、豊かな水量と温暖な気候(年平均気温16.7℃、年降水量998ミリメートル)に恵まれ、早くから農業開発が進み、すでに先秦(せんしん)時代より蜀(しょく)国が形成され四川盆地開発の拠点となっていた。秦はこれを滅ぼし、その資力をもとに中原(ちゅうげん)へ進出したといわれる。四川盆地の独特の政治地理的性格と、米を中心とする農業に加え、蜀錦(しょくきん)とよばれた絹織物などの豊富な手工業生産により、この地は中原、関中、江南と匹敵する力をもち、三国時代には劉備(りゅうび)が諸葛孔明(しょかつこうめい)とともにここに蜀漢を建て魏(ぎ)、呉(ご)と鼎立(ていりつ)し、唐(とう)代には揚州(ようしゅう)に次いで天下第二の都会と称された。唐の安史の乱に際しても、玄宗は成都に逃れ南京と称した。詩人杜甫(とほ)が4年余りを過ごし名作を残したのはこのときである。そののちも安定した状態で繁栄を続け、四川のみならず西南中国全体の中心であった。明(みん)代には皇族である蜀王のために皇城が築かれたが、この地区は今日でも市街の中心になっている。民国時代の1930年成都市となり、その後周囲の郊区を編入して今日に至る。
 解放後、市街地は省都にふさわしく再開発が進められ、広大な街路やビルが建設され面目を一新している。郊区では工業開発が進み、軽工業中心から重工業へ重点が移りつつある。また西南地方の交通中心として鉄道や航空の路線が集中しているが、成都空港は1984年より国際空港となり、その機能をいっそう高めた。
 市内には、三国時代にまつわる武侯祠(し)などの遺跡のほか、五代前蜀王の王建の墓(永陵)、杜甫草堂などの観光地がある。また、西郊の都江堰(とこうえん)市にある都江堰は中国史上もっとも著名な水利事業の一つである。[秋山元秀]

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