李四光
りしこう / リースーコワン
(1889―1971)
中国の地質学者。英語名はJ. S. Leeを用いる。湖北省黄岡県回竜鎮に生まれる。清(しん)国公費留学生として日本へ留学し、孫文の中国同盟会へ参加した。帰国後、辛亥(しんがい)革命に参加して、のち、イギリス、バーミンガム大学で地質学を学ぶ。1918年帰国して北京(ペキン)大学地質系教授となった。1922年中国地質学会を創立して副会長となり、国立中央研究院地質研究所所長を兼ねる。中国、東アジアの大構造について研究し、1939年英文で『中国の地質』を著した。またこれより先、四川(しせん)、北西中国や東シナ海、華北平原での石油の有望性を指摘する。日中戦争時は地質研究所の移転とともに、重慶(じゅうけい)にまで行った。1947年イギリスに留学し、中華人民共和国成立後1950年に帰国した。1952年地質部(省)が設立されたとき、部長(大臣)に就任する。第一次五か年計画作成に際し、東北地区、華北平原の石油の有望性と開発の必要性を力説して受け入れられ、今日の石油産出への道を開いた。また中国科学技術協会会長、中国地質学会理事長として、中国の地質学のみならず広く科学技術の振興に力を尽くした。
[木村敏雄]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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りしこう
李四光
Li Si-quang
1889.10.26~1971.4.29 中国湖北省の生まれ。1904年選ばれて15歳で日本に留学。大阪高等工業学校で造船学を学ぶ。日本にあった同盟会に参加し,孫文から最年少の会員として激励された。辛亥革命に帰国して参加,その失敗後,英国バーミンガム大学へ留学,採鉱学・地質学を学び,18年学位を得て帰国,北京大学地質学教授となる。数学と力学を用いて地質構造・変形・地殻変動を研究した。28年中央研究院地質研究所長。このころフズリナ化石を研究した。爬行動物などの訳語をつくり,中国で初めて氷河の研究も行った。抗日戦争中は各地に移動した。戦後英国で療養,50年帰国し,中国科学院副院長,地質部長などの要職に就いた。
執筆者:清水 大吉郎
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報
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李四光 (りしこう)
Lǐ Sì guāng
生没年:1889-1971
中国の地質学者。湖北省黄岡県の農家に生まれ,日本で造船学を学んだが,後にイギリスのグラスゴー大学で地質学を修め,中国を代表する地質学者となった。地質力学の創始者として有名である。1952年に新政府の下で地質部が置かれたが,彼はその部長となり,大慶油田の開発を推進した。58年に共産党に入党し,中央委員に選ばれた。著書に《地質力学概論》《中国第四紀氷河》《中国地質学》《地震論》などがある。
執筆者:藪内 清
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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