李埣村(読み)すもぞねむら

日本歴史地名大系 「李埣村」の解説

李埣村
すもぞねむら

[現在地名]古川市李埣

古川宿東方の水田地帯で、江合えあい川南岸、北は福沼ふくぬま村、南は蓑口沼みのくちぬま村、東は馬寄まよせ村、西は中里なかざと村・大柿おおがき村と接する。「安永風土記」に「往古当村境ニ李之大木有之候故村名ニ唱来候由」とある。「伊達正統世次考」によれば、大崎氏天文の内訌に際し、天文五年(一五三六)四月一二日磐手沢一栗その他は、米谷越前入道が拠る「李曾根の要害」を攻め、外郭を焼いている。正保郷帳に田四〇貫四九七文・畑七貫三八七文とあり、ほかに同所新田一〇三文がある。「安永風土記」によれば、田四〇貫八八〇文・畑七貫三八七文で、蔵入は二貫八四七文、給所は四五貫四二八文、人頭二五人(うち沽却禿八)、家数二四(うち借屋七)、男七二・女五二、馬六とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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