李石曽(読み)りせきそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「李石曽」の意味・わかりやすい解説

李石曽
りせきそう / リーシーツォン
(1882―1973)

中国の政治家、学者。河北省出身。名は煜瀛(いくえい)、石曽は字(あざな)。清(しん)末、生物学研究のためフランスに留学、孫文(そんぶん)と識(し)って中国同盟会に加入。パリで1907年、呉稚暉(ごちき)らと無政府主義の雑誌『新世紀』を発刊辛亥(しんがい)革命後帰国、「留法勤工倹学会」を組織して、学生・労働者のフランス渡航事業を推進、1916年北京(ペキン)大学教授、ついで北京研究院院長に任じて教育界の重鎮となる。蒋介石(しょうかいせき)を支持、国民党右派の指導者として総統府資政などにも任じた。国民政府とともに台湾に移り、台北死去

安藤彦太郎

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