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村尾元融 むらお げんゆう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

村尾元融 むらお-げんゆう

1805-1852 江戸時代後期の国学者。
文化2年3月8日生まれ。遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松藩医村尾董覚の子。江戸で朝川善庵にまなぶ。幕臣の新見正路(しんみ-まさみち)に,のち浜松藩につかえた。考証学にすぐれ,「続(しょく)日本紀考証」をあらわした。嘉永(かえい)5年4月30日死去。48歳。字(あざな)は彦明。通称は良治,善四郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

村尾元融

没年:嘉永5.4.30(1852.6.17)
生年:文化2.3.8(1805.4.7)
江戸後期の考証家。遠江国(静岡県)浜松の医師村尾董覚の3男。名良治,通称善四郎,元融は号。少年時代,父の友人浜松藩儒医久保寿軒に学び,江戸に移って朝川善庵の学古塾に入る。天保1(1830)年ごろ西遊し,豊後日田の広瀬淡窓・旭荘 を訪問し,さらに長崎へ赴き多くの漢学者,国学者と交わった。その後旗本の新見正路に仕え,蛮社の獄(1839)では渡辺崋山救済のために奔走した。正路の没後再び浜松藩主井上家に仕え,『続日本紀考証』を完成させたが,刊行ならずして没した。同書は養子の元矩によって明治に入って刊行された。<参考文献>森銑三「村尾元融伝の研究」(『森銑三著作集』7巻)

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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