日本大百科全書(ニッポニカ) 「アイルランド文学」の意味・わかりやすい解説
アイルランド文学
あいるらんどぶんがく
インド・ヨーロッパ語族のケルト語に属する一派にゴイデル語があり、それはさらにアイルランド・ゲール語、スコットランド・ゲール語、およびマン島ゲール語の三つに分類される。アイルランド固有の言語はアイルランド・ゲール語(以下ゲール語あるいはアイルランド語と表記)で、19世紀中葉の「大飢饉(ききん)」の時期まで一般に用いられてきた。12世紀のヘンリー2世に始まり16世紀のヘンリー8世を経て17世紀のクロムウェルに至る植民地化政策によってイギリスのアイルランド支配は強化され、1801年連合法の発効とともにこの国はイギリスとの連合王国の一部となった。それと並行して言語面での植民地化も着実に進行し、19世紀に入るやゲール語から英語への地滑り的な移行がみられた。したがってアイルランド文学は2系列の文化遺産を継承していることになる。一つは母語によるゲール語文学(ゲーリック文学)であり、一つは英語による文学(アングロ・アイリッシュ文学)である。
[大澤正佳 2018年5月21日]
口承の伝統
アイルランドでは口承の伝統が脈々と息づいている。口承物語はゲール語文学の源流をなしており、古写本に収められた説話群は豊かさにおいてギリシアのそれに匹敵するとされる。これら神話、英雄伝説の数々は、通例次の三つの説話群に分けられる。
(1)神話族説話群――アイルランド先住種族にまつわる神話集成
(2)アルスター説話群(クーフリンCuchulain説話群ともいう)――アルスター赤枝戦士団の伝説的英雄クーフリンをはじめ多彩な人物が登場する説話群
(3)2、3世紀ごろ活躍したとされる戦士団フィアンナとその指導者フィン・マクールFionn MacCumhailと息子アシーンOisin(オシアンOssian)、さらにその子オスカルOscarをめぐる説話群
[大澤正佳 2018年5月21日]
ゲール語文学の変遷
5世紀前半にキリスト教が伝来し、6世紀から9世紀にかけて修道院文化が栄えたアイルランドは「聖人と賢者の島」とよばれ、ヨーロッパの重要な文化的拠点として黄金時代を享受していた。9世紀からおよそ1世紀に及ぶバイキング襲来によりさしもの修道院文化も衰退するが、その後もかつてのドルイド(古代ケルト社会の知識階級を形成した彼らはドルイド教の祭司で民族的な詩人でもあった)の流れをくむ吟唱詩人(吟遊詩人)たちが豪族やアングロ・アイリッシュ貴族の庇護(ひご)のもとに伝統的詩文を伝えていた。17世紀以降ゲール的氏族制度の崩壊によりこれら職業的吟唱詩人の流派は衰微し、より平易で自由な詩形が行われるようになった。やがて18世紀にはメリマンBrian Merriman(1747ごろ―1805)の喜劇的風刺詩など秀逸なゲール語詩が生まれた。19世紀になるとこの国の言語的主導権はほぼ完全に英語へ移ったが、民族主義運動の高揚とともにゲール語復活運動がおこり、とくに1893年ダグラス・ハイドの「ゲール語同盟(ゲール同盟)Gaelic League」創立以来、執拗(しつよう)にゲール語文学の復権が試みられている。
[大澤正佳 2018年5月21日]
アングロ・アイリッシュ文学
アングロ・アイリッシュ文学最初の偉大な作家は18世紀のジョナサン・スウィフトで、その作品にはゲール的伝統につながる奔放な風刺精神の裏打ちが認められる。18世紀アイルランドはウィリアム・コングリーブ、R・B・シェリダンなどアイルランド育ちの喜劇作家を世に送り出したが、イギリスを作家生活の本拠とする彼らのこの国への関心は強いとはいえなかった。19世紀前半には詩人トマス・ムーアThomas Moore(1779―1852)がアイルランド的叙情の美しさによって広く愛唱され、アイルランド人の郷土愛を強く刺戟(しげき)した。19世紀中葉になるとマンガンJames Clarence Mangan(1803―1849)やファーガソンSamuel Ferguson(1810―1886)など優れた詩人たちが自国文化の過去の栄光を歌いあげている。一方、この時期にはこの国の状況を凝視し地域的特色を浮き彫りにするマライア・エッジワースをはじめマテューリンCharles Robert Maturin(1782―1824)、カールトンWilliam Carleton(1794―1869)、J・S・レ・ファニュなど個性的な小説家が輩出した。しかしアングロ・アイリッシュ文学の独自性が明確に打ち出されるためには、ハイドの国語復活運動と呼応して展開されたアイルランド文芸復興運動をまたねばならない。
[大澤正佳 2018年5月21日]
アイルランド文芸復興運動
民族主義と言語、文化が結び付いて19世紀末に始まった文芸復興運動は、固有の文化遺産を再評価し伝統的な民族精神を覚醒(かくせい)させることによってアイルランドの文化的復権を目ざす運動であり、指導的役割を果たしたのは詩人W・B・イェーツ(1923年ノーベル文学賞受賞)であった。イェーツ初期の詩および詩劇はアイルランド神話に霊感を求めているが、彼の助言に従ったJ・M・シングはアイルランド本来の姿がもっともよく継承されている西部地域の習俗、方言を劇作の素材とした。イェーツとグレゴリー夫人Lady Gregory(1852―1932)を中心に1904年に設立されたアベイ劇場(アビー座)を拠点とする演劇活動は、この運動全体の中核をなし、シングの作品はそのみごとな成果であった。その後、1920年代のショーン・オケーシーに至ってアイルランド演劇の地位は確固たるものになる。文芸復興運動を精力的に推進したイェーツの詩人としての偉大さは改めていうまでもない。最後のロマン派といわれる彼は、同時に現代詩の先駆者でもあった。復興期を通じて小説の分野も活況を呈し、とくにジョージ・ムーアはこの国の小説を19世紀から20世紀に導き入れる先駆的役割を演じた。
[大澤正佳 2018年5月21日]
国外離脱者たち
一方、国外に去って文筆活動を行った作家の系譜としてオスカー・ワイルド、G・B・ショー(1925年ノーベル文学賞受賞)、ジェームズ・ジョイスなどがいる。エグザイルすなわち亡命あるいは異郷流浪はアイルランド文学伝統の重要な主題の一つであるが、これら現代の国外離脱者たちの存在はアイルランド文学の複雑なありようを示す注目すべき特徴となっている。アイルランドは現代でもっとも偉大な小説家を生んだ。ジョイスである。詩人シェイマス・ディーンSeamus Deane(1940―2021)の評言を援用すれば、ジョイスはアイルランド人であることの限界を拒否するアイルランド作家であり、イギリス作家であることの限界を拒否する英語作家であった。彼を抜きにして現代文学を語ることは不可能であり、その影響力は詩におけるイェーツに匹敵し、サミュエル・ベケットやフラン・オブライエンFlann O'Brien(1911―1966)などの異才を触発した。
[大澤正佳 2018年5月21日]
植民地状態からの離脱
ジョイスの『ユリシーズ』がパリで出版された1922年はアイルランド自由国憲法が制定された年でもあった。イギリス植民地支配下にあったこの国は、北部6州の分離(1920)という痛みに耐えながらも、ついに統治権をわがものとする時を迎えたのである。さらに1937年には新憲法が制定され、翌1938年ダグラス・ハイドがエール(アイルランドのゲール語名)初代大統領に就任、1949年アイルランド共和国として完全独立を達成する。1916年イースター蜂起(ほうき)(復活祭蜂起)が象徴するように世紀の前半では植民地状態からの離脱を図り、世紀の後半には北アイルランド問題をかかえたアイルランドにとって、20世紀は激動の時代であった。この国の現代作家たちは独自の文化伝統再確認を国際的な展望に組み込みながら、自らのアイデンティティを問いつめる緊迫した文学的営為に専念してきたのである。
[大澤正佳 2018年5月21日]
今日の作家たち
北アイルランド生まれのシェイマス・ヒーニー(1995年ノーベル文学賞受賞)は苛酷(かこく)な現実を神話的視座に反映させ民族の基層に掘り進んで、イェーツ以来最大の詩人と目されている。彼をはじめとしてポール・マルドゥーンPaul Muldoon(1951― )、ブレンダン・ケネリーBrendan Kennelly(1936―2021)、さらにはゲール語詩の伝統の再構築を試みる女性詩人ヌーラ・ニー・ゴーノルNuala Ni Dhomhnaill(1952― )など今日のアイルランド詩人たちはイェーツを超えんばかりの勢いである。演劇の分野においても、ベケットやブレンダン・ビーアンBrendan Behan(1923―1964)に続くブライアン・フリールBrian Friel(1929―2015)、トマス・マーフィThomas Murphy(1935―2018)、フランク・マクギネスFrank McGuinness(1953― )などの意欲的な活動は、復興期の演劇的熱気の再燃を予感させた。エドナ・オブライエンEdna O'Brien(1930―2024)など女性作家はもとより今日の小説家たちの多くは、引き裂かれ分断されてきた歴史をもつこの国の現実の実相に迫ることによって、それぞれに特色ある文学空間構築を試みており、ジョン・マガハーンJohn McGahern(1934―2006)、ジョン・バンビルJohn Banville(1945― )など注目すべき作家は枚挙にいとまがない。
[大澤正佳]
「分断された文化遺産」の融合
この国の文学の底流として影響を与え続けてきたのは言語および文化の重層性であった。しかしイギリスとの緊張関係に発するこの重層性はかならずしも負の遺産ではあるまい。言語の二重性は言語そのものについての鮮烈な意識を誘発する。その意識はアイルランド古来の口承の伝統に培われた「語る」という行為の活性化に貢献してきた。そして今日の文化一般に認められる国際化の機運とともにゲーリックとアングロ・アイリッシュという「分断された文化遺産」はおもむろに融合のきざしを示し始めている。シェイマス・ディーンは現在の状況を熱っぽい調子で語っている――「今や中核をなすのはゲーリックでもアングロ・アイリッシュでもない。両者の融合過程は、完全とはいいがたいにしても十分に進行しており、誤解を招くおそれなしに《アイルランド文学》という語句の使用が可能になっているのである」。
[大澤正佳]
『尾島庄太郎著『現代アイァランド文学研究』(1956・北星堂書店)』▽『尾島庄太郎・鈴木弘著『アイルランド文学史』(1977・北星堂書店)』▽『三橋敦子著『アイルランド文学はどこからきたか』(1985・誠文堂新光社)』▽『マイルズ・ディロン著、青木義明訳『古代アイルランド文学』(1987・オセアニア出版社)』▽『佐野哲郎編『豊穣の風土――現代アイルランド文学の群像』(1994・山口書店)』▽『河野賢司著『現代アイルランド文学序論――紛争とアイデンティティの演劇』(1995・近代文芸社)』▽『河野賢司著『現代アイルランド文学論叢』(1997・大学教育出版)』▽『村松賢一編『アイルランド文学小事典』(1999・研究社出版)』▽『河野賢司著『周縁からの挑発――アイルランド文学論考』(2001・溪水社)』