日本歴史地名大系 「杜本神社」の解説
杜本神社
もりもとじんじや
香取明神
」とし、「神祇秘抄」も同様であると記す。また「新撰姓氏録」の記事として「矢羽作忌寸布都怒志命十四世孫、伊波別命之後也」、「金剛輪寺覚峰師云」として「人皇十代の頃、香取明神の神孫十四世伊波別命、此地にすませたまひ、祖神経津主命をあがめ祭り給ふ、今の杜本神社といふは是なり、其末、永く此地に在して、弘仁の頃、矢作忌寸と申す也」と記す。右の諸説は矢作忌寸と経津主命を結びつけているが、その根拠となる「新撰姓氏録」の記事が現行本にはなく、「矢作連 布都奴志乃命之後也」(河内国未定雑姓)とみえているにすぎない。六国史にも矢作忌寸氏はみえない。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報