本来仏教の世界で用いられたことばで、仏典を筆録することは神聖を害するものとして行なわず、教えの聖性保持のために、口づたえで伝授したことをいう。「口授」「口訣」「面授」などともいい、日本でも天台宗の本覚思想などが種々の「口伝法門」によって伝承された。後には、能楽、茶の湯などの奥義の伝授や家元制などにも取り入れられる。
言葉で用件を伝えるという意。とくに中世の伝授の場で師が弟子に奥義秘事を書抄によらずに直接に口授することをいう。公家社会では朝儀に関する家説の秘事を子孫に伝承するのに口伝形式が用いられ,僧侶社会でも法会儀式次第の細部や教義解釈の一部を門弟に伝授するときに口伝によった。密教では口伝は本経,儀軌よりも上位にあるとされて,その間に相違のある場合は口伝によるべしとされた。口伝は猿楽,楽,立花,茶の湯などの芸能の秘授にも活用された。筆録で伝えがたい事柄を口伝によったばかりでなく,筆録が可能な場合にも口伝によることがある。既成の解釈,先例や技法が何かの理由で修正されなければならぬときに修正部分を口伝化して全体の調和を保つためであり,また恣意的な書写によって伝授関係の権威が侵されるのを防ぐためである。この最も素朴で直接的な方法はすべての稽古事の原点として注目すべき諸問題を含んでいる。
→秘伝
執筆者:今泉 淑夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
文字によらないで口伝えに教法や作法を師から弟子へ伝えることをいう。口訣(くけつ)、口授(くじゅ)、面授などともいう。授受する当事者同士以外に知られたくない秘法を伝える場合に用いられるのが通例で、古くは古代インドのベーダ文献であるアーラニヤカ(森林書)やウパニシャッド(奥義書(おうぎしょ))などもひそかに師から弟子へ口授された。仏教ではとくに祈祷(きとう)の秘法秘術を扱う密教において重要視されてきた。わが国では真言密教(東密(とうみつ))でとくに重んじられて、略して「ロイ相承(そうじょう)」あるいは単に「ロイ」などと称し、なかでも仁海(にんかい)に始まる小野流は口伝為本(くでんいほん)の流儀を形成した。天台密教(台密(たいみつ))も東密同様に口伝を重んじたが、天台宗学自身も平安末期以後に重要視するようになり、種々の口伝法門(ほうもん)を生じた。天台本覚法門(ほんがくほうもん)はその所産である。鎌倉新仏教の各宗も大なり小なりその影響がある。また仏教に限らず、華道、茶道、和歌、香道、武芸などでもその派独自の秘技秘法があり、口伝が重んじられた。
[藤井教公]
口授(くじゅ)・口訣(くけつ)・面授とも。宗教・学問・芸能において秘法や作法などを直接に口で伝授すること。またその記録。仏教では法会の儀式次第や教義の解釈を弟子に伝授する際に行われ,とくに密教では本経・儀軌(ぎき)よりも重視された。公家社会では朝儀典礼に関する家説などを子孫に伝授する際に行われ,家説の口伝を有する人を家伝人といい,その人の言動が多少変則であっても由緒ある説として是認された。中世以後は神道・学問・和歌・茶の湯・華道・香道・武芸・音曲などの分野でも,口伝による伝授が行われるようになった。筆録で伝えにくいことだけでなく,さまざまな事柄の伝授に口伝が利用されたのは,恣意的な解釈を防ぎ,権威を維持するためであった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…現在のところ,おおまかな推定として,最古層にあたる《リグ・ベーダ・サンヒター》の成立が前1200年を中心とする数百年間,最新層に属する〈古ウパニシャッド〉の成立が前500年を中心とする数百年間と考えられている。ベーダは成立当初以来もっぱら口伝によって継承され,文字によって書き記されるようになったのは相当後世になってからのことであるが,その口伝の正確さは驚嘆に値する。ベーダの言語はいわゆるサンスクリット(梵語)に属するが,狭義のサンスクリットすなわち古典サンスクリットClassical Sanskritと比較してさらに古い語形を呈しているので,〈ベーダ語〉と呼ぶことが多い。…
※「口伝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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