東ゆり上村(読み)ひがしゆりあげむら

日本歴史地名大系 「東ゆり上村」の解説

東ゆり上村
ひがしゆりあげむら

[現在地名]巻町東汰上(ひがしよりあげ)

西(にし)川右岸の自然堤防上の村落。対岸に羽田(はねだ)村、その北方に西ゆり上村(現西川町)が位置する。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録に高一四八石四斗とあり、正保国絵図では長岡藩領。元禄一一年(一六九八)の榊原式部大夫殿領分四万石拾ケ組絵図面(霜鳥家文書)は長岡藩領で、明治まで同藩曾根組に属した。寛政元年(一七八九)の御巡見様御案内手控帳(笛木家文書)では高一八四石九斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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