東三谷村(読み)ひがしみたにむら

日本歴史地名大系 「東三谷村」の解説

東三谷村
ひがしみたにむら

[現在地名]打田町東三谷

古和田ふるわだ村の北西にあり、村域は南北に細長い。村域北半は山地春日かすが池・浅尾あさお池・池などの溜池がある。村の南寄りを淡島街道が通る。西は中三谷村。中世池田いけだ庄に含まれた。

慶長検地高目録によると村高五六九石余、小物成四斗二升三合。池田組に属し、元禄二年(一六八九)の池田組指出帳(田中家文書)でも高の変化は少ないが、内訳は田方が五三五・六九一一石(三三町余)、畠方三四・七一六八石(二町五反余)、家数七九、人数三九九、馬一〇、牛一六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む