東八町・西八町(読み)ひがしはつちよう・にしはつちよう

日本歴史地名大系 「東八町・西八町」の解説

東八町・西八町
ひがしはつちよう・にしはつちよう

[現在地名]大津市春日町(かすがちよう)・御幸町(みゆきちよう)・逢坂(おうさか)二丁目・札(ふだ)の辻(つじ)・京町(きようまち)一丁目

札の辻より南に続く東海道筋の町並で、街道を挟んで東に下東八町、西に下西八町、その南に続いて東に上東八町、西に上西八町がある(寛保二年町絵図)。享徳二年(一四五三)成立という大津町古絵図(新修大津市史)に「上下八町」とみえる。天正二〇年(一五九二)一〇月豊臣秀吉が逢坂山近くに一里塚を築いた際、「八丁西町」が人足を出している(園城寺旧記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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