東八町・西八町(読み)ひがしはつちよう・にしはつちよう

日本歴史地名大系 「東八町・西八町」の解説

東八町・西八町
ひがしはつちよう・にしはつちよう

[現在地名]大津市春日町かすがちよう御幸町みゆきちよう逢坂おうさか二丁目・ふだつじ京町きようまち一丁目

札の辻より南に続く東海道筋の町並で、街道を挟んで東に下東八町、西に下西八町、その南に続いて東に上東八町、西に上西八町がある(寛保二年町絵図)。享徳二年(一四五三)成立という大津町古絵図(新修大津市史)に「上下八町」とみえる。天正二〇年(一五九二)一〇月豊臣秀吉が逢坂山近くに一里塚を築いた際、「八丁西町」が人足を出している(園城寺旧記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む