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布施屋(読み)フセヤ

世界大百科事典 第2版の解説

ふせや【布施屋】

奈良・平安時代,交通の要地,難所などに設けられた給食,宿泊の施設。行基(ぎようき)が畿内諸国の9ヵ所に設けたのが最初らしいが,それらはいずれも平城京に入る交通の要地にあり,調・庸の運搬や都の造営のために地方から徴発されてきたあと,食物もなく苦しんでいる人民を見かねて,その地の豪族からの援助を得て設けたものと解されている。東大寺でも761年(天平宝字5)朱雀路の南端に近い大和国十市郡池上郷の寄進地に宿泊棟や倉庫を建て,果樹を植えて布施屋とした。

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大辞林 第三版の解説

ふせや【布施屋】

奈良・平安時代、調庸の運脚夫や役民のために、寺や国などが設けた休養施設。行基が畿内に設けたもの、東大寺が大和国に設けたものなどが知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

布施屋
ふせや

旅行者に食料などを施して休息させる宿舎で、仏典には「福徳舎」とみえる。奈良・平安時代に、調庸(ちょうよう)の運搬や造営に徴発された人民は、都との往来の途中、病気や飢えのため死ぬ者が多く、彼らを宿泊させる施設として、交通の要地や難所に設けられた。8世紀前半、行基(ぎょうき)が畿内(きない)に九所の布施屋を建てたのがもっとも著名。東大寺も大和(やまと)国十市(といち)郡に布施屋を設けている。815年(弘仁6)最澄(さいちょう)は信濃(しなの)の長坂(神坂(みさか)峠)に広済(こうさい)、広拯(こうじょう)の二院を建て、835年(承和2)太政(だいじょう)官は大安寺僧に監督させて美濃(みの)の墨俣(すのまた)川の両岸に布施屋を造立した。なお、地方官が建てた同種の施設は、「救急院」あるいは「続命院」とよばれている。[中井真孝]

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世界大百科事典内の布施屋の言及

【慈善事業】より

…その点,詳細な史料の残る奈良時代の僧行基の活動は質量ともに特筆でき,後世の慈善事業に与えた影響も大きい。行基の多岐にわたる活動のうち具体的に知られる造営事業には架橋・直道・船息などの交通施設,池・溝・樋・堀などの灌漑施設のほか,役民・運脚夫らが飢えや病気で難渋した際に救済収容する布施屋(ふせや)といった救恤(きゆうじゆつ)施設がある。長距離の旅を強いられた律令制下の農民は途中で死亡する者も多く,政府の対策も不十分であっただけに注目され,のちに東大寺が大和に布施屋を設置し,平安時代には一部の地方官吏らにより続命院・救急院・悲田処ほか類似の施設が各地に設置された。…

※「布施屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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