東北条郡(読み)とうほくじようぐん

日本歴史地名大系 「東北条郡」の解説

東北条郡
とうほくじようぐん

美作国北東部に位置し、加茂かも川流域とみや川流域を占める。東は勝北しようぼく郡、南は東南条とうなんじよう郡、西は西北条さいほくじよう郡・西西条さいさいじよう郡、北は因幡国智頭ちず郡に接する。郡域は現在の苫田とまた阿波あば村・加茂町、津山市の北部に相当する。苫東とまひがし郡から分れて成立した郡で(→苫東郡、初め苫北とまきた郡と称したが、中世末期には東北条郡とよばれていたという。慶長八年(一六〇三)森氏の美作入封後もこの名称を踏襲したが、寛文元年(一六六一)森氏が郡制を旧に復させ、東北条郡は苫北郡に戻った(美作略史)。慶長九年の森忠政判物(美作古簡集)に東北条郡とみえる。天和元年(一六八一)幕府津山藩に対して七郡に合併するよう命じた。七郡とは英田あいだ勝田かつた・苫西・苫東・久米くめ大庭おおば真島ましまをさす。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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