東千股村・西千股村(読み)ひがしちまたむら・にしちまたむら

日本歴史地名大系 「東千股村・西千股村」の解説

東千股村・西千股村
ひがしちまたむら・にしちまたむら

[現在地名]吉野町大字千股

吉野川北岸、上市かみいち村の北方にある村。中近世には、上市から多武峯とうのみね飛鳥方面への通路の分岐点にあたり賑った。文明一八年(一四八六)正月の田地売券(下市町の楠山家文書)に「在大和国知又之庄」とみえる。「大乗院雑事記」長享三年(一四八九)三月二六日条に「吉野河ツラチマタ衛門太郎参申、才木事仰付之了」とあり、千股の衛門太郎が大乗院の材木御用に応じていたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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