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大乗院 だいじょういん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大乗院
だいじょういん

寛治1 (1087) 年2月に権大僧都隆禅によって創建された奈良興福寺の門跡寺。摂政藤原師実の子尋範の入室以来,摂関家 (→摂家 ) の子弟が門主となり一乗院と並んで,興福寺別当に任じられた。

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デジタル大辞泉の解説

だいじょう‐いん〔‐ヰン〕【大乗院】

奈良興福寺門跡。寛治元年(1087)隆禅が開創。代々摂関家の子弟が入り、一乗院と交互に興福寺別当職に就いた。明治維新後に廃絶。

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世界大百科事典 第2版の解説

だいじょういん【大乗院】

奈良興福寺の門跡寺院。奈良公園荒池の南方,鬼園山の南にあった。現今は大乗院池をのこして廃寺となっている。1087年(寛治1)藤原政兼の子隆禅が先考の菩提を祈るため一乗院の東方に創建。関白師実の子尋範の入院以来摂関家の子弟が入り,一乗院,喜多院とともに興福寺院家(いんげ)の上位に位した。1180年(治承4)平重衡の兵火で焼亡し,のち元興寺の別院禅定院のあった地に移った。鎌倉時代には堂3宇,塔1基などを池畔に配し,白河法皇寄進の越前国河口荘をはじめ多数の荘園をもち,一乗院とともに興福寺別当職や金峯山検校,長谷寺別当を兼職する僧が多く輩出した。

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大辞林 第三版の解説

だいじょういん【大乗院】

奈良興福寺の門跡。1087年隆禅が創始。代々摂関家の子弟が入寺して門跡と称され、一乗院とともに興福寺の別当を務めた。室町末期に衰え、明治維新の廃仏毀釈で解体。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大乗院
だいじょういん

興福寺を代表する門跡(もんぜき)。奈良市高畑町に旧跡がある。隆禅法印(りゅうぜんほういん)によって1087年(寛治元)に創設された。3代目の関白藤原師実(もろざね)の子尋範(じんはん)より摂関家の子弟が入室して発展。鎌倉時代、九条家や一条家出身の門主は禅定(ぜんじょう)院や龍華樹(りゅうげじゅ)院等の院主を兼帯し、長谷寺(はせでら)・永久(えいきゅう)寺などの末寺、荘園、寺僧、坊人(ぼうにん)、各種の商工業座などを支配して、一乗院と並ぶ大勢力を形成した。室町時代以降、しだいに衰退。近世には朱印地951石を有する門跡として存続したが、明治維新後、門主が還俗(げんぞく)したことによって廃絶した。[稲葉伸道]
『永島福太郎著『奈良文化の伝流』(1951・目黒書店)』

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世界大百科事典内の大乗院の言及

【尋尊】より

…室町時代の興福寺僧で,大乗院門跡(もんぜき)。関白一条兼良(かねら)の第5子。…

【符坂油座】より

…中世,符坂の地(現,奈良市油阪町付近)を中心に,興福寺大乗院に保護されて繁栄した油座。この座衆は大乗院門跡に奉仕する寄人と春日社若宮の神木帰座などに従事する白人神人(はくじんじにん)の身分を兼ね,すでに鎌倉時代から特権的営業を認められていた。…

【大和国】より

…ここで春日社興福寺を盟主とする大小社寺の領主連合組織が完成,治外法権の社寺王国(宗教王国)大和が出現した。興福寺の独走には東大寺や多武峰(とうのみね)(天台宗延暦寺末寺)が不満であり,やがて新興地侍らが将軍家御家人(地頭)あるいは悪党として反体制活動を始めたり,興福寺の一乗院大乗院両門跡の対立抗争が生ずるにいたった。しかし,社寺王国化にともない,南都仏教が復興,社寺の修造や復旧が進んだ。…

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