東和泉城跡(読み)ひがしいずみじようあと

日本歴史地名大系 「東和泉城跡」の解説

東和泉城跡
ひがしいずみじようあと

[現在地名]成田市東和泉・西和泉

東和泉から西和泉にかけての台地上にある中世の城跡で、千葉一族の大須賀氏が居城したという。古くは和泉城と称し、日の出ひので城ともよばれたといわれる。主要部分は東和泉の字城山の星しろやまのほし神社地点で、堀や土塁などがよく残る。郭は四郭あり、それを守備するように腰曲輪が一七ヵ所に配置されて、現成田市域では最もよい状態で遺構を保持している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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