東小姓町(読み)ひがしこしようまち

日本歴史地名大系 「東小姓町」の解説

東小姓町
ひがしこしようまち

[現在地名]中央区大名(だいみよう)一丁目

西小姓町の東に筋違いで続く東西の通りの両側町。武家町で、東西は九一間一尺。北は鉄砲(てつぽう)町、南は薬院川端(やくいんかわばた)(以上、福岡博多近隣古図)。西小姓町と同じく御陸(おかち)屋敷の町で、とくに町の南側に多くの御陸衆が配置されていた。宝永分限帳(集成)では「東小性(ママ)町」の北側に松田忠五郎ら六名、南側に御陸衆五名など七名の屋敷がみえる。享保一〇年(一七二五)一一月一八日の荒戸(あらと)四番町から出火した火災により、東小姓町では北側で村上元春ら六名の屋敷、南側では御陸屋敷四人分(当時は借宅で、町人が居住)を含む一三区の屋敷が焼失(長野日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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