東平野町(読み)ひがしひらのちよう

日本歴史地名大系 「東平野町」の解説

東平野町
ひがしひらのちよう

[現在地名]江東区平野二丁目

仙台せんだい堀北岸に沿う片側町。深川築地二四ヵ町の一町。深川東平野ふかがわひがしひらの町とも称した。西は西平野町、北は中奥小姓朽木山城守下屋敷・本多主膳正下屋敷・山本やまもと町、東は仙台堀の枝川を挟んで吉永よしなが町。文政町方書上によれば、町の起立、町名由来は西平野町に同じで、正徳三年(一七一三)より町奉行支配。町内総間数は京間で一九二間余、うち東方の地所東西が南側表一六九間余・北側裏幅一五八間余、南北は奥行二二間余、三千七一一坪余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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