東手村(読み)ひがしでむら

日本歴史地名大系 「東手村」の解説

東手村
ひがしでむら

[現在地名]川内市宮崎町(みやざきちよう)・矢倉町(やぐらちよう)・勝目町(かつめちよう)・山之口町(やまのくちちよう)・川永野町(かわながのちよう)・鳥追町(とりおいちよう)・向田町(むこうだちよう)・東向田町(ひがしむこうだちよう)・西向田町(にしむこうだちよう)・向田本町(むこうだほんまち)・神田町(かんだちよう)・若松町(わかまつちよう)・東開聞町(ひがしかいもんちよう)・西開聞町(にしかいもんちよう)

川内川左岸にあり、蛇行しながら南流して同川に注ぐ隈之城(くまのじよう)川とその上流山間部を占める。西方は隈之城郷西手村、北東は平佐(ひらさ)郷平佐村、南東は百次(ももつぎ)郷百次村。北部川内川岸は浦町の向田町となっていた。出水(いずみ)筋は西方西手村境近くを北上、隈之城川の水之手(みずのて)橋・仏生(ぶつしよう)橋を渡り宮崎を経て向田町に入り、渡唐口(ととんくち)渡で川内川を越えていた(川内市史)。応永三五年(一四二八)八月二二日の野久尾家久他四名連署契状(山内氏文書)に薩摩郡のうちとして「東手山野等事」とみえる。長禄四年(一四六〇)一〇月吉日付の成富忠成・忠光連署証状(三角文書)では東手の成富一〇町とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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