東方ロカルノ(読み)とうほうロカルノ(その他表記)Eastern Locarno

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「東方ロカルノ」の意味・わかりやすい解説

東方ロカルノ
とうほうロカルノ
Eastern Locarno

1934年フランスの J.バルトゥー外相が提唱した東欧諸国の集団安全保障案。東欧ロカルノ案ともいう。 25年のロカルノ条約を補うもので,ソ連ドイツポーランドチェコスロバキアおよびバルト諸国間の国境維持保障を目的とした。しかしドイツとポーランドの強硬な反対にあい,また賛同したのもチェコスロバキア,ソ連の2ヵ国だけであったため,実現にはいたらず,フランス=ソ連,チェコ=ソ連相互援助条約の締結という個別的安全保障に向うこととなった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む