翻訳|security
securityの語源はラテン語のsecuritas(se=free from:……からの自由,curita<cura=care:不安,心配)で,個人,建物,社会などの安全を確保するということが本来の意味である。しかし,現在ではもっぱら国家安全保障national securityの意味で用いられている。
国家安全保障という概念の起源は,主権国家nation stateの形成とその軌を一にすると思われるが,それが国家間の認識のもとに出現するのは,ヨーロッパ最初の国際会議の結果成立したウェストファリア条約(1648)によってであるといわれている。すなわち,この条約によって宗教問題,領土問題に決着をつけ,ウィーン会議(1814-15)に至る間のヨーロッパの国家関係を律する基本線が確立されたのである。ウィーン会議の結果,勢力均衡の原則,正統主義の原則,便宜主義の三つの主義原則がたてられ,ヨーロッパ各国の自国利益の主張と妥協のもとに国際政治の体制ができた。この体制下で安全保障の意識がしだいに固まっていくのであるが,この時期の国際政治は自国領土あるいは勢力圏の拡大による国威顕示型であった。すなわち,自国の勢力圏をいかに拡大し,敵の侵入をいかに排除するかに目的があり,相互の国益を守るべく結ばれた協商,同盟は,共通の敵に対する牽制であり,防衛であった。しかし,科学技術の進歩は戦争のあり方を変え,国際関係の複雑化は個別的な安全保障だけでは十分に機能しえないことを認識させた。国家の安全は国際的な平和と安全があってはじめて守られるものだという考え方がしだいに一般的になってきて,第1次世界大戦後に国際連盟が出現する。また,地域的には,ロカルノ条約の中にみられるいわゆる集団的安全保障の考え方が登場する。
このように安全保障には,個別的安全保障individual securityと集団的安全保障collective securityとがある。前者は,各主権国家がそれぞれ自国本位で個別に行う安全保障形式であり,国家主権の絶対性を前提としている。後者は,多数国家の合意によって戦争その他の武力行使を集団的に協力して防止または排除しようとするものである。国際連盟や第2次大戦後の国際連合がその例であるが,これらはそれまでも存在した協商あるいは同盟とは国家主権のあり方において本質的に異なる。主権国家の絶対性を前提とする個別的安全保障のもとでは,国家利益の衝突や同盟間の勢力均衡のための闘争が避けられず,その帰結として第1次大戦が起こったため,その不備を補うべく国際連盟が生まれたといえよう。しかし国際連盟は,国家主権の寄託が十分になされなかったり,提唱国たるアメリカが参加しなかったり,実質的にも形式的にも集団安全保障システムとして思惑どおりの機能を果たすことができなかった。この教訓を生かして生まれたのが国際連合といえよう。国際連合は,二つの集団安全保障システムを考えている。すなわち,(1)全世界的・一般的集団安全保障としての国際連合機構と,(2)地域的取極にもとづく地域的集団安全保障システムである。(2)は集団的自衛権(自衛権)との絡みで複雑な問題を含んでおり,単純に割り切れない面もあるが,かつてのCENTO(中央条約機構),SEATO(東南アジア条約機構),ワルシャワ条約機構,また現存するNATO(北大西洋条約機構)やOAS(米州機構),日米安全保障条約その他の二国間条約がこの範疇に属する。さらに広義に解すれば,OAU(アフリカ統一機構)や非同盟諸国会議などの動きも集団安全保障システムということができる。しかしながら第2次大戦後,大きな期待を寄せられた国際連合を中心とした世界の安全保障システムも,米ソ二大陣営の冷戦構造の中で,軍事同盟的性格の集団安全保障に変質していった。
冷戦終結とともに,ワルシャワ条約機構は解体消滅し,NATOの東方拡大政策によって東欧諸国,バルト3国および旧ソ連の諸共和国はしだいにNATOに吸収される気運にある。とはいうものの,冷戦構造に代わる〈新国際秩序〉が形成されたわけではなく,唯一の超大国となったアメリカの〈一極支配〉体制も,それ自体好ましいものではないうえに,必ずしも有効に機能してはいない。新しい〈国際安全保障〉の考え方とシステムが求められている。
一方,ASEAN(東南アジア諸国連合)の新しい地域安全保障システムARF(アセアン地域フォーラム)は,CSCE(ヨーロッパ安全保障協力会議)から発展拡大したOSCE(ヨーロッパ安全保障協力機構)と並び,冷戦後の〈多国間〉システムとして注目に値する。
執筆者:岩島 久夫
古典的安全保障は軍事的な意味に限られ,国防と抑止との2機能から成っていた。抑止は,敵がその軍事行動から期待しうる利得を上回るような損害と危険とを予期できれば,敵もその軍事行動を思いとどまるだろうという期待にもとづいている。これに対して国防は,抑止が失敗した場合に味方の損害と危険とを減少させることを意味する。軍事力の抑止価値は敵の軍事的手段を減少させるという予期的効果をもつ。国防の方は,敵が味方に実際の損害を与えたり味方を攻撃したりする能力を限定し,敵を戦闘によって拒否する能力である。ときによると先制攻撃で敵の軍事力を破壊することもありうる。しかし,核時代の到来とともに抑止と国防との間のギャップが急速に大きくなった。それは,相互確証破壊(MAD)と呼ばれる高度の抑止水準も,もしその抑止が破れた場合に行われる国防局面での現実の軍事力行使,すなわち核兵器使用政策(NUTS)には合理的な評価を与えがたいからである。たとえば抑止の際に敵の都市にねらいをつけていた核兵器は,抑止が失敗したときには敵の核兵器にねらいをつけて発射したほうがより合理的であるというような,いわゆる抑止における対都市戦略と国防における対兵力戦略との間の矛盾が抑止崩壊のもとでは顕在化する。1970年代末に,ミサイル能力の飛躍的向上のもとで,先制核攻撃で相手を降伏させるという戦略が突出するようになり,米ソの核対決が人類全体の生存にかかわるようになった。とくに中距離弾道ミサイルの西欧配備をめぐり,ヨーロッパが核戦争の戦場になるおそれが顕在化するや,80年代はじめには〈国家安全保障〉から〈人間の安全保障〉へ概念をシフトさせ,未曾有の反核運動の高揚につながった。国防そのものが原理的に成立しえなくなったからである。
そこで,安全保障の概念を拡大して,核抑止をとりまく状況の打開が求められるようになった。パルメ委員会による〈共通の安全保障〉概念が唱道され,安全保障の達成には,平和な世界をつくるための軍備管理をふくむ外交的努力が不可欠の要件となった。しかしそのためには,外交的努力の意図とそのための信頼醸成措置を基礎にすえた能力とが確立していなければならない。意図に関しては,国家が全体としてどの程度まで平和愛好的であるか,または好戦的であるかというような,国家と国民との資質,価値観,あるいは国内の社会経済構造が重要な要因となる。これにはその国家の能力や過去の戦争体験にもとづく世論の推移も大きく作用する。また能力についていえば,経済力の大きさとその成長速度とが重要な要因になる。経済力は,国際社会の中で平和創出能力と戦争遂行能力とのいずれにも容易に転化できる。また経済力はそれ自体が,他国に対する攪乱要因となり,その反射効果として自国の安全保障の低下に結びつく場合もある。国際経済摩擦がその例である。1983年にはレーガンも核兵器使用は悪としてSDI(戦略防衛構想)開発を宣言し,ゴルバチョフは政権をとると,85年,〈共通の安全保障〉の概念を受け入れ,レーガンとの対話を実現した。ポスト冷戦時代に入ると,ヨーロッパを中心に,安全保障問題は軍事的手段ではなく,経済的手段で解決されることが先進国間では常識になってきている。すなわち,軍事的安全保障領域といわゆる経済的安全保障領域とが相互に連関しながらも,手段の面で切り離されて考えられるようになった。しかもグローバリゼーションの進展するなかで,経済成長を通して国民生活の維持のみならず,その発展も可能になった。
90年代の安全保障の概念は,第1に一国や地域をこえて地球的な規模へと拡大した。第2に軍事的・経済的安全保障だけにとどまらず,文化的次元にまで拡大した。そこで相互理解による新しい発展理論の模索が必要になってきたのである。この段階の安全保障はこれまでのいわゆる総合的安全保障の概念をさえはるかにこえている。すなわち地球的規模の発展のための離陸(テイク・オフ)条件の整備に一国の経済力を十分に投資するという可能性が検討されざるをえない。軍事的安全保障ばかりでなく経済的安全保障も文化的安全保障もというような安全保障の手段の面での比較検討や総合は,この段階の安全保障に到達する前史にすぎない。また個別的安全保障を形式的に統合した集団的安全保障も,この段階の安全保障概念がなくしては実質的には到達不可能である。地球的規模での発展による安全保障のレベルの実質的成長は,新しい発展に向かっての地球的規模での離陸条件の整備によってのみ切り開かれることになる。
このような安全保障の枠組みの中で集団安全保障を見直すならば,国連憲章に形式的に規定されているが,集団防衛の名のもとでの先進国間共同による軍事力の行使とか軍事力による威嚇などのように限りない軍拡競争にもとづく軍事同盟体制も,軍縮を通した真の国連平和維持軍提供の制度へと転換させる道が開けよう。総合安全保障も,その一部になお大国による核抑止政策が残っている限り,このような安全保障環境の発展という見地に照らせば,なお中間的段階にとどまる。
執筆者:関 寛治
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国の領土保全と政治的独立、国民の生命・財産を外部からの攻撃から守ること。伝統的には、これらを軍事的な脅威から軍事的な手段によって守ることを意味したが、1970年代には、国際的な相互依存関係の強まりや経済的危機の深まりを背景として、より広く政治的・経済的利益などを含めた国家的利益を、軍事的手段だけでなく外交、経済力などをも用いて守ろうという「総合的安全保障」が主張されるようになった。
また、1990年代以降はテロリズム、国際組織犯罪、感染症なども脅威に含め、個人における恐怖と欠乏からの自由を、政治的、経済的、社会的など多様な手段によって守ろうという「人間の安全保障」が注目されるようになっている。
第一次世界大戦までの国際社会では、国際紛争解決の手段としての戦争を合法とする国際法と、相対立する国家(群)間の力の均衡によって国際平和と国の安全が保たれるという勢力均衡論のもとに、自国の軍備増強と軍事同盟の強化によって安全を守るという、個別的安全保障の考え方が支配的であった。ところが、この考え方のもとでは、対立する国家(群)間の軍拡競争が必然的となり、国際緊張が高まって戦争の危機を強めるだけでなく、小規模な紛争が世界戦争へと拡大する可能性も大きい。そこで、第一次世界大戦の経験をふまえて設立された国際連盟では、新たに集団安全保障の制度が採用された。集団安全保障は、相対立する国家も含めて全世界ないし一地域のすべての国が条約を結び、相互不可侵を約束するとともに、約束に違反する武力行使を抑止し制裁するために協力することを内容とする。この制度は国際関係における武力行使の制限・禁止を前提とし、侵略抑止のための協力を通じて国際緊張が緩和され軍縮への道が開かれる可能性をも内包する。国際連盟の集団安全保障は、規約違反とこれに対する制裁を個々の連盟国が決定するという分権的な性格のために失敗したと評価され、第二次世界大戦後の国際連合では、これらを安全保障理事会に集権化するとともに軍事的強制措置を用意するという形で、集団安全保障はいっそう整備され強化された。
ところが、冷戦のもとでは国連の集団安全保障は有効に機能せず、米ソは国連憲章第51条の集団的自衛権を根拠にそれぞれ軍事同盟を設立した。それとともに、このような政策を正当化するために、軍事同盟間の核戦力の均衡によって平和が維持されるという核抑止論を唱えた。しかし、それはかつての勢力均衡論とまったく同じ欠陥を含むものであり、非同盟諸国や平和運動は、国連の集団安全保障の活性化と軍縮による平和という考え方をこれに対置した。冷戦の解消後は、国連の集団安全保障体制が活性化されてきたようにみえるが、それに伴って、安全保障理事会の政治的判断によって同様の「平和に対する脅威」等が制裁の対象となったりならなかったりするという「二重基準」、軍事的・経済的等の制裁による一般住民の犠牲など、この体制の内在的な限界が露呈されることにもなった。
他方では、人道的危機やテロへの対処を理由とする、一部先進国による一方的な武力行使もみられたが、2005年に行われた国連総会世界サミットの「成果文書」にみられるように、現代世界の多面的な脅威に対処する最善の道は国連の集団安全保障体制を改善し強化することだというのが、国際社会の一般的な認識となっている。
[松井芳郎]
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(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)
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…彼によれば,地位statusは,自分の所属する集団での評価のあらわれであって,仲間うちでどの程度重要視されているかを示す尺度である。安全securityは,仲間との紐帯(ちゆうたい)を確信することであり,その同類意識に基づいて相互に援助しあうことになる。これらを求める基礎には社交sociabilityの欲求がある。…
…最も広い意味では,将来生じうる損害に対し一定の塡補をすること,またはそのためのものをいう(例えば,売主の担保責任,損害担保契約などというとき)。しかし通常はとくに,特定の債権につき債務不履行に備えてその経済的価値を確保すること,またはそのための手段をさす。以下ではこの後者の意味における担保,つまり債権担保の法制度につき略説する。 一般に債務者が任意に債務を履行しないときは,債権者はその債権に基づき債務者の一般財産に対し執行(これには,個別執行たる民事執行手続と総括的執行たる破産手続とがある)をして債権の弁済にあてる。…
※「安全保障」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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