安全保障
あんぜんほしょう
security
国の領土保全と政治的独立、国民の生命・財産を外部からの攻撃から守ること。伝統的には、これらを軍事的な脅威から軍事的な手段によって守ることを意味したが、1970年代には、国際的な相互依存関係の強まりや経済的危機の深まりを背景として、より広く政治的・経済的利益などを含めた国家的利益を、軍事的手段だけでなく外交、経済力などをも用いて守ろうという「総合的安全保障」が主張されるようになった。
また、1990年代以降はテロリズム、国際組織犯罪、感染症なども脅威に含め、個人における恐怖と欠乏からの自由を、政治的、経済的、社会的など多様な手段によって守ろうという「人間の安全保障」が注目されるようになっている。
第一次世界大戦までの国際社会では、国際紛争解決の手段としての戦争を合法とする国際法と、相対立する国家(群)間の力の均衡によって国際平和と国の安全が保たれるという勢力均衡論のもとに、自国の軍備増強と軍事同盟の強化によって安全を守るという、個別的安全保障の考え方が支配的であった。ところが、この考え方のもとでは、対立する国家(群)間の軍拡競争が必然的となり、国際緊張が高まって戦争の危機を強めるだけでなく、小規模な紛争が世界戦争へと拡大する可能性も大きい。そこで、第一次世界大戦の経験をふまえて設立された国際連盟では、新たに集団安全保障の制度が採用された。集団安全保障は、相対立する国家も含めて全世界ないし一地域のすべての国が条約を結び、相互不可侵を約束するとともに、約束に違反する武力行使を抑止し制裁するために協力することを内容とする。この制度は国際関係における武力行使の制限・禁止を前提とし、侵略抑止のための協力を通じて国際緊張が緩和され軍縮への道が開かれる可能性をも内包する。国際連盟の集団安全保障は、規約違反とこれに対する制裁を個々の連盟国が決定するという分権的な性格のために失敗したと評価され、第二次世界大戦後の国際連合では、これらを安全保障理事会に集権化するとともに軍事的強制措置を用意するという形で、集団安全保障はいっそう整備され強化された。
ところが、冷戦のもとでは国連の集団安全保障は有効に機能せず、米ソは国連憲章第51条の集団的自衛権を根拠にそれぞれ軍事同盟を設立した。それとともに、このような政策を正当化するために、軍事同盟間の核戦力の均衡によって平和が維持されるという核抑止論を唱えた。しかし、それはかつての勢力均衡論とまったく同じ欠陥を含むものであり、非同盟諸国や平和運動は、国連の集団安全保障の活性化と軍縮による平和という考え方をこれに対置した。冷戦の解消後は、国連の集団安全保障体制が活性化されてきたようにみえるが、それに伴って、安全保障理事会の政治的判断によって同様の「平和に対する脅威」等が制裁の対象となったりならなかったりするという「二重基準」、軍事的・経済的等の制裁による一般住民の犠牲など、この体制の内在的な限界が露呈されることにもなった。
他方では、人道的危機やテロへの対処を理由とする、一部先進国による一方的な武力行使もみられたが、2005年に行われた国連総会世界サミットの「成果文書」にみられるように、現代世界の多面的な脅威に対処する最善の道は国連の集団安全保障体制を改善し強化することだというのが、国際社会の一般的な認識となっている。
[松井芳郎]
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安全保障【あんぜんほしょう】
国家の対外的安全を確保すること。伝統的には,武力の増強,軍事同盟の締結などから,進んで戦争による勝利が最大の安全保障とされた。近世初期の正当戦争論以来,第1次大戦に至るまでは常に仮想敵国が予想され,国家間の勢力均衡が全体として維持されている限りで相対的安定が保たれていた。しかし第1次大戦以後,戦争そのものを阻止し得る体制を確立することが必要であるという認識が高まってきた。安全保障の問題も国際社会全体の利害関係事項として考えられるようになり,国際連盟,国際連合における集団安全保障の体制が確立されてきた。この体制のもとでは仮想敵国観念が原理的に否定されるが,国連のもとでは,全世界的集団安全保障としての国連の安全保障理事会をはじめとする諸機構と,地域的取決めに基づく地域的集団安全保障システムが設定された。後者にはNATO(北大西洋条約機構)やワルシャワ条約機構なども含まれるが,冷戦下でそれを支える軍事同盟として機能し,パワー・ポリティクスの原理が貫徹しており,二大国の米国とソ連は核戦略を主軸に核抑止論にしばられてきた。しかし,世界各国の相互依存が深化するなかで,1990年代初めに冷戦体制が崩壊する前後から,国家間の〈信頼醸成措置〉の形成による安全保障という方式が浸透し,ヨーロッパではヨーロッパ安全保障協力機構(OSCE)や〈平和のための協力協定(PFP)〉が機能しはじめており,世界諸地域で非核地帯条約も締結された。
→関連項目日米安全保障条約
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知恵蔵
「安全保障」の解説
安全保障
歴史的には、国防(national defense)の同意語で、国家が外からの攻撃や侵略に対し自国の安全を保つことを意味した。しかし近年、多方面から再検討され、意味が変化している。第1次大戦までは、仮想敵国を想定し、それに独力または同盟結成で対抗するという、国家間の軍事的対抗(勢力均衡)方式が支配的だった。これは今日まで根強く続く考え方だが、それ自体が軍拡競争と国際緊張を高め、世界大戦などの破局を招くという安全の矛盾(security dilemma)に陥ったことから修正を迫られ、それに代わる集団安全保障が提唱されるようになった。それは、特定国を予め敵国として排除するのでなく、構成国全部が共同して安全確保に取り組むという点で、旧来の考え方と異なる。国連などの集団安全保障機構の強化のほかに、共通の脅威を取り除くため、核軍縮、兵器拡散の防止、軍事技術の移転防止、内戦の防止、テロリズム防止などが焦点。資源危機、地球環境破壊の深刻化などを契機に、経済安全保障、総合安全保障などの言葉が使われる。
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安全保障
あんぜんほしょう
security
人間とその集団が自己の安全を確保し,生命と財産を守ること。特に国際政治において,他国から自国が攻撃,侵略される危険を遠ざけ,攻撃を受けた場合には,それをあらゆる手段で排除すること。安全保障の手段は他国との協同動作による場合が多く,通例は国家間の条約を基礎とする。これらの条約は,条約当事国以外の一国または数国からの攻撃を仮想し,これに対して条約当事国を守ることを目的とする同盟条約と,条約当事国相互間に行なわれる攻撃に対して,ほかの当事国が被攻撃国を守ることを目的とする集団安全保障条約に大別され,安全保障は実質的には,集団安全保障と同義である。安全保障条約の核心は侵略の認定,侵略の防止および制裁にあるが,間接的には,条約の存在が条約当事国に対する攻撃を未然に封じ,戦争を防止することを目的とする場合が多い。これは当事国の一国を攻撃すれば,その国だけでなくすべての条約当事国を敵にまわさねばならなくなるからである。
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あんぜん‐ほしょう ‥ホシャウ【安全保障】
〘名〙 国外からの攻撃や侵略に対して軍事同盟、経済協力、
中立などにより、国家の安全を守ること。〔いろは引現代語大辞典(1931)〕
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デジタル大辞泉
「安全保障」の意味・読み・例文・類語
あんぜん‐ほしょう〔‐ホシヤウ〕【安全保障】
国外からの攻撃や侵略に対して国家の安全を保障すること。また、その体制。安保。
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あんぜんほしょう【安全保障 security】
securityの語源はラテン語のsecuritas(se=free from:……からの自由,curita<cura=care:不安,心配)で,個人,建物,社会などの安全を確保するということが本来の意味である。しかし,現在ではもっぱら国家安全保障national securityの意味で用いられている。
[安全保障の歴史]
国家安全保障という概念の起源は,主権国家nation stateの形成とその軌を一にすると思われるが,それが国家間の認識のもとに出現するのは,ヨーロッパ最初の国際会議の結果成立したウェストファリア条約(1648)によってであるといわれている。
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世界大百科事典内の安全保障の言及
【社交】より
…彼によれば,地位statusは,自分の所属する集団での評価のあらわれであって,仲間うちでどの程度重要視されているかを示す尺度である。安全securityは,仲間との紐帯(ちゆうたい)を確信することであり,その同類意識に基づいて相互に援助しあうことになる。これらを求める基礎には社交sociabilityの欲求がある。…
【担保】より
…最も広い意味では,将来生じうる損害に対し一定の塡補をすること,またはそのためのものをいう(例えば,売主の担保責任,損害担保契約などというとき)。しかし通常はとくに,特定の債権につき債務不履行に備えてその経済的価値を確保すること,またはそのための手段をさす。以下ではこの後者の意味における担保,つまり債権担保の法制度につき略説する。 一般に債務者が任意に債務を履行しないときは,債権者はその債権に基づき債務者の一般財産に対し執行(これには,個別執行たる民事執行手続と総括的執行たる破産手続とがある)をして債権の弁済にあてる。…
※「安全保障」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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