東蔵前村(読み)ひがしくらまえむら

日本歴史地名大系 「東蔵前村」の解説

東蔵前村
ひがしくらまえむら

[現在地名]岡崎市東蔵前町

足助(あすけ)街道に沿い、北は岩津(いわづ)村、東は真福寺(しんぷくじ)村および西阿知和(にしあちわ)村、西は西蔵前村に接する。南を青木(あおき)川が流れる。当村は領主の倉を置いた所、あるいは、矢作川入津の船の輸送貨物を納める蔵などのあったことによる地名か。

近世初期は、岡崎藩領に属し、宝暦一二年(一七六二)より幕府領。明和七年(一七七〇)再び岡崎藩領となり明治に至る。額田手永に属し、享和二年書上に高一九六石余、人別一二一人、うち男五六・女六五、馬三匹。助郷は享保一〇年(一七二五)岡崎宿で勤高一八五石、寛政元年(一七八九)の助郷人足割は千人割で一三人(岡崎市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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