東金城跡(読み)とうがねじようあと

日本歴史地名大系 「東金城跡」の解説

東金城跡
とうがねじようあと

[現在地名]東金市東金

千葉氏・酒井氏が在城したとされる中世後期の城。城郭は四郭で構成され、これを腰曲輪が囲み、ほかに東・北・西三方の尾根頂部や尾根斜面の整形加工がみられる。初め千葉氏の支城として鴇ヵ峰ときヵみね城・とき城・東鏡城と称し、のち千葉氏一族の東常縁の武将浜春利が在城したと伝える。応仁の乱後は山口主膳が入ったというが不詳。永正六年(一五〇九)土気とけ(現千葉市緑区)城主酒井定隆は隠居して次男隆敏とともに田間たま城に移り、所領経営の必要から東金城に入ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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