東長村(読み)ひがしおさむら

日本歴史地名大系 「東長村」の解説

東長村
ひがしおさむら

[現在地名]加西市東長町

下里しもさと川と支流賀茂かも川の合流する地点の右岸にある。西は西長村。天正―文禄(一五七三―九六)頃は西長村とともに長村と称した。慶長国絵図に「ひかし長村」とみえる。領主変遷は宝暦一三年(一七六三)から天明二年(一七八二)まで幕府領であった時期を除き西長村と同じ。正保郷帳によると田方八七石余・畑方五石余。元禄郷帳では一一七石余。入会山は一四ヵ村入会の善防ぜんぼう山。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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