日本歴史地名大系 「東高室村」の解説 東高室村ひがしたかむろむら 兵庫県:加西市東高室村[現在地名]加西市北条町東高室(ほうじようちようひがしたかむろ)古坂(ふるさか)村の南に位置し、中播丘陵北部、高室石(たかむろいし)山の南麓に立地する。当地は北条を通過する高砂方面への道と三木方面への道との分岐点にあたる。慶長八年(一六〇三)一〇月六日、高木善右衛門は姫路藩主池田輝政から高室村三〇二石余など都合八〇〇石を宛行われている(「高木間家譜」鳥取県立博物館蔵)。慶長国絵図に東高室とみえる。領主の変遷は市場(いちば)村と同じ。正保郷帳では田方二九七石余・畑方四六石余。元禄郷帳では高三六二石余。田安家御領知郷村高帳(田安徳川家文書)にはこの高のほかに新田畑として八石余・二石余・二斗余、寅新田として二斗余が記され、天保郷帳では高三七三石余となっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by