日本歴史地名大系 「松前村」の解説
松前村
まさきむら
[現在地名]松前町筒井 ・浜 ・東古泉 ・西古泉
伊予灘に面する現松前町の中心部および東の農耕地を含む。松前の名は建武三年(一三三六)三月一一日の祝安親軍忠状(三島家文書)に松崎城とあるのが初見。「伊予国御家人祝彦三郎安親申、当国凶徒追罰事、引率合田弥四郎貞遠数多人勢、楯籠松崎城之間、属当御手、自去二月十七日抽昼夜軍忠、同十九日寅剋仁責落畢」とある。その後松崎のほか真崎・正木・柾木・満崎・松前などと書かれたが、寛永一二年(一六三五)松山藩松平氏就封後、ほぼ松前に統一された。
鎌倉期末の松崎城は合田貞遠の拠る所であったが、建武三年武家方に敗れて河野通盛が支配し、この地は配下の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報