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河野通盛 こうの みちもり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

河野通盛 こうの-みちもり

?-1364 鎌倉-南北朝時代の武将。
河野通有(みちあり)の子。元弘(げんこう)の乱で鎌倉幕府方につく。幕府滅亡により南山士雲(なんざん-しうん)のもとで出家し,その仲介で足利尊氏(たかうじ)の配下となる。伊予(いよ)(愛媛県)の旧領を安堵(あんど)され,道後に湯築(ゆづき)城をきずく。のち室町幕府により伊予守護に任じられた。貞治(じょうじ)3=正平(しょうへい)19年11月26日死去。初名は通治。通称は九郎左衛門。号は善恵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

河野通盛

没年:貞治3/正平19.11.26(1364.12.19)
生年:生年不詳
鎌倉・南北朝時代の武将。通有の子で,初め通治と名乗る。通称九郎左衛門尉,のち対馬守と称する。伊予国風早郡河野郷(愛媛県北条市)を本拠としたが,のちには湯築城(松山市)を築いて松山平野にも進出している。元弘1(1331)年,後醍醐天皇が討幕の兵を挙げると上洛して六波羅探題方として戦ったが,鎌倉幕府の滅亡によって一時勢力を失う。その後九州から東上してきた足利尊氏軍に投じて勢力を回復し,以後は北朝方として活動した。尊氏によって伊予守護に任じられ,のちの河野氏発展の基礎を作った。<参考文献>『愛媛県史古代Ⅱ・中世』

(山内譲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の河野通盛の言及

【河野氏】より

…中世の伊予国(愛媛県)の豪族。古代の越智(おち)氏の流れをくむと伝えられる。風早郡河野郷(現,北条市)を根拠地とする。源平合戦時に,通清・通信父子が源氏方にくみして勢力をのばし,戦後は御家人の地位を得て伊予国最大の武士団に成長した。その支配領域は,風早郡を中心にして中東予に及んだ。承久の乱(1221)では通信が京方に味方し,所領所職の大半を失ったが,その子通久が鎌倉方についたのでかろうじて命脈を保った。…

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