松尾藩政庁跡(読み)まつおはんせいちようあと

日本歴史地名大系 「松尾藩政庁跡」の解説

松尾藩政庁跡
まつおはんせいちようあと

[現在地名]松尾町松尾

明治四年(一八七一)柴山しばやま(現芝山町)から居所を移して成立した松尾藩主太田資美の政庁跡。松尾城とよばれた。「松尾県歴史」によれば藩庁・知事邸・士族らの宅地は、猿尾さるお大堤おおつつみ八田はつた水深みずふか田越たこえ五反田ごたんだ小借毛こがしけ馬渡まわたし八ヵ所の入会地のうち山林荒蕪の地五〇町三反余を充てたという。普請・作事は太田氏が柴山村に入封した明治二年から始められ、八月から九月にかけて付近の村々からの人足一九三人が動員されている(磯辺家文書)。そのほか藩内の諸村にも負担を割当てたと思われる。城郭縄張りと町割は九月下旬に定まり、ただちに着工。翌三年一一月には移転し政務を開始した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む