松本治太夫(読み)まつもと じだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松本治太夫」の解説

松本治太夫 まつもと-じだゆう

?-? 江戸時代前期-中期浄瑠璃(じょうるり)太夫
治太夫節の祖。山本角太夫門下で,初名は菅野伝弥とつたえられる。元禄(げんろく)-享保(きょうほう)(1688-1736)のころ京都を中心活躍。おもな語り物は「石川五右衛門」「鎌倉袖日記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の松本治太夫の言及

【浄瑠璃】より

…大坂の出羽掾座で文弥節を学んだ山本角太夫(かくたゆう)(山本土佐掾)が,75年(延宝3)ころ京でうれい節を語った(語り物に《しのだづま》ほか)。その門下に松本治太夫がある。京で最も注目すべきは宇治嘉太夫(宇治加賀掾)で,天王寺五郎兵衛(後の義太夫)をワキに抱え,細かい節回し,情趣的余情をもつ新鮮な芸風を示した。…

※「松本治太夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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