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石川五右衛門 いしかわごえもん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石川五右衛門
いしかわごえもん

安土桃山時代の大盗として著名であるが,実在は疑わしい。一説に三好氏の臣石川明石の子という。また遠江国浜松生れで真田八郎と称したが,河内国石川郡山内古底という医家にちなんで石川五右衛門と改めたともいう。

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デジタル大辞泉の解説

いしかわ‐ごえもん〔いしかはゴヱモン〕【石川五右衛門】

安土桃山時代の伝説的大盗賊。文禄3年(1594)京都三条河原釜煎(かまい)りの刑に処せられたという。歌舞伎楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」、浄瑠璃「傾城吉岡染(けいせいよしおかぞめ)」などに登場する。

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百科事典マイペディアの解説

石川五右衛門【いしかわごえもん】

安土桃山時代の大盗賊。史実不詳。1594年捕らえられ京都三条河原で釜ゆでの刑に処せられたという。その生涯が《金門五三桐(きんもんごさんのきり)》など歌舞伎,浄瑠璃に脚色されて有名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石川五右衛門 いしかわ-ごえもん

?-1594 織豊時代の盗賊。
三好氏の家臣石川明石の子とする説,遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松の生まれで前名を真田八郎とする説がある。京都をあらし,豊臣秀吉の命をうけた前田玄以(げんい)に捕らえられる。文禄(ぶんろく)3年8月23日三条河原で子の一郎と釜ゆでの刑に処された。享年は37歳といわれる。浄瑠璃(じょうるり),歌舞伎,読み本などで脚色され,魁偉(かいい)な大盗,義賊と喧伝(けんでん)され,また五右衛門風呂の名の由来となる。
【格言など】石川や浜の真砂(まさご)は尽くるとも世に盗人の種は尽くまじ(辞世)

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朝日日本歴史人物事典の解説

石川五右衛門

没年:文禄3.8.23(1594.10.7)
生年:生年不詳
安土桃山時代に京都三条河原で釜茹でにされた盗賊。親子部下ともに死刑となった。同時代をさわがせた盗人であったことと,釜茹でにされたことの2点を核として,のちの時代の民衆の空想がさまざまの物語を育てた。すでに天下が豊臣から徳川に移っていたということが,空想を自由に発表することをゆるし,石川五右衛門は天下をくつがえそうとたくらむ大望をいだく行動家とされた。また泥棒学校の主宰者ともいう。浄瑠璃では元禄以前にすでに五段構成の「石川五右衛門」があり,歌舞伎劇にも重要な作品があらわれた。「春のながめはあたひ千金とはちひさなたとへ。五右衛門が目からはこのあたひ万両」と天下様秀吉を相手に南禅寺の楼閣上でみえをきる五右衛門を,歌舞伎は今日までつたえている(「金門五山桐」)。釜茹でのほうは,落語や川柳にされたり,小説となったり(井原西鶴本朝二十不孝』2ノ1),それだけでなく,五右衛門風呂という鉄製の浴槽の名となって,江戸時代の末から明治大正昭和をへて平成の現在に至るまで,日本人の日常生活に姿をのこしている。鉄の浴槽の下に平たい板をふみしくのは,五右衛門がこどもをふみしいたことの見立て大正時代には上司小剣,昭和戦後には檀一雄が小説の主人公とした。社会主義思想をうけつぐ上司小剣は,おさない五右衛門に「かきはかきのかきじゃ」といわせて,自然のものへの所有権を否定して法の体系を根本からひっくりかえす考え方の萌芽を示した。「五右衛門はなまにへの頃一首よみ」と川柳にあるように,彼は釜茹でにされるに当たって「石川や浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種子は尽くまじ」という辞世をよんだと語りつたえられており,これもまた今日しばしば日常の生活に引用されていきている。

(鶴見俊輔)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

いしかわごえもん【石川五右衛門】

?‐1594(文禄3)
安土桃山時代の盗賊の頭目。豊臣政権に反発する義賊というのは江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎において粉飾された説で,《言経卿記》《豊臣秀吉譜》,アビラヒロン日本王国記》などによれば凶悪な窃盗である。1594年8月23日親子党類ともに京都三条河原で極刑に処された。出身地には諸説があり一定しないが,河内・丹後・伊賀などの説が有力のようである。【岩沢 愿彦】 石川五右衛門の実在は疑えないところであるが,〈義賊五右衛門〉の名と人間像が広く定着するにいたったについては,江戸時代の大衆芸能の影響が大きいとされる。

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大辞林 第三版の解説

いしかわごえもん【石川五右衛門】

安土桃山時代の伝説的な盗賊。1594年、子とともに釜煎かまいりの刑に処せられたという。浄瑠璃「釜淵双級巴かまがふちふたつどもえ」、歌舞伎「楼門五三桐さんもんごさんのきり」など多くの作品の題材とされた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石川五右衛門
いしかわごえもん

生没年不詳。安土(あづち)桃山時代の大盗賊。その伝記は明確でないが、一説に遠州(静岡県)浜松の生まれで、初め真田(さなだ)八郎といい、1594年(文禄3)37歳のとき捕らえられ、京都・三条河原で一子とともに釜茹(かまゆで)の刑に処せられたという。盗賊ながら、この空前絶後の極刑に、太閤(たいこう)豊臣(とよとみ)秀吉の命をねらったという巷説(こうせつ)が付加されて有名となり、浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)脚本に数多く脚色され、一大系統になった。劇化の最初といわれるのは貞享(じょうきょう)(1684~88)ごろ松本治太夫(じだゆう)の語った『石川五右衛門』で、浄瑠璃では近松門左衛門作『傾城吉岡染(けいせいよしおかぞめ)』(1712)、並木宗輔(そうすけ)作『釜淵双級巴(かまがふちふたつどもえ)』(1737)、並木正三作『石川五右衛門一代噺(ばなし)』(1767)、若竹笛躬(ふえみ)ら作『木下蔭狭間合戦(このしたかげはざまのかっせん)』(1789)、歌舞伎では並木五瓶(ごへい)作『金門五山桐(きんもんごさんのきり)』(1778)をはじめ、『艶競(はでくらべ)石川染』『けいせい稚児淵(ちごがふち)』などがおもな作品である。有名なのは「山門の五右衛門」で知られる『五山桐』で、これを女に書き替えたものに『けいせい浜真砂(はまのまさご)』がある。また『双級巴』と『狭間合戦』をつき混ぜ『増補(ぞうほ)双級巴』の外題で上演されることがある。明治以後も小説や戯曲に多く扱われている。[松井俊諭]

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世界大百科事典内の石川五右衛門の言及

【釜淵双級巴】より

…1737年(元文2)7月大坂豊竹座初演。大盗石川五右衛門を主人公とした松本治太夫の正本《石川五右衛門》(貞享ころか)や近松門左衛門作《傾城吉岡染》(1712)の先行諸作をふまえる。河内国枚方で鹿狩のそれ矢を拾った五右衛門は,その矢で傷ついたと称して乞食婆を母に仕立て,五十両をかたりとり,島原に遊ぶ。…

【金門五山桐】より

…今日では《楼門五三桐》の名題で上演されることが多い。戦国時代の盗賊石川五右衛門を主人公とし,豊臣秀吉の朝鮮出兵を背景として描く。五右衛門の正体を,真柴久吉(秀吉のこと)に滅ぼされた竹地(明智のこと)光秀に養育された惟任左馬五郎とし,その左馬五郎がさらに久吉に恨みをもつ大明の宋蘇卿(そうそけい)の子であったという,18世紀中葉の大坂で流行した謀反人劇仕立ての構想をもつ。…

【盗賊】より

…悪党,海賊(衆),野武士などの武装集団による盗賊行為もしばしば見られた。近世初期の有名な盗賊石川五右衛門は文禄(1592‐96)のころ,三条河原で釜煎の刑に処せられたと記録されているが,その辞世の歌と称するものは後人の仮託である。 江戸時代にも,とくに幕藩体制の諸矛盾が深刻となる後半期には,農村から大都市へ流出する無宿の増加と並行して,盗犯の数が増大した。…

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