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松村淳蔵 まつむら じゅんぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松村淳蔵 まつむら-じゅんぞう

1842-1919 幕末-明治時代の武士,軍人。
天保(てんぽう)13年5月18日生まれ。横井小楠(しょうなん)の甥(おい)。元治(げんじ)2年薩摩(さつま)鹿児島藩留学生としてイギリスに密航。慶応3年アメリカにうつり,明治6年アナポリス海軍兵学校日本人として最初に卒業,同年帰国。10年海軍兵学校校長。24年中将。大正8年1月7日死去。78歳。本名は市来勘十郎。名は政盛。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松村淳蔵

没年:大正8.1.7(1919)
生年:天保13.5.18(1842.6.26)
明治期の海軍軍人。薩摩(鹿児島)藩士市来一兵衛の子。名は勘十郎。横井小楠の甥。奥小姓,開成所諸生となるが,藩の留学生の一員として慶応1(1865)年イギリスに渡る。この留学は密航であったため,市来勘十郎の名を松村淳蔵と改め,以後松村名を用いた。イギリスではロンドン大学で海軍測量術を学ぶが学資不足となり,慶応3年物価の安いアメリカに渡り,ラトガース大学を経てアナポリス海軍兵学校に入り,明治6(1873)年に卒業。同年帰国し,翌年から海軍兵学校の教育に携わる。9年第3代海軍兵学校校長となり,近代日本海軍創設期に多くの将校を育成した。24年中将,予備役編入。<参考文献>公爵島津家編纂所編『薩藩海軍史』中

(米山光儀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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