松隈村(読み)まつぐまむら

日本歴史地名大系 「松隈村」の解説

松隈村
まつぐまむら

[現在地名]志摩町松隈

馬場ばば村の西に位置し、西は井田原いだわら村。慶長一〇年(一六〇五)馬場村から高分れして成立した(「郷帳」九州大学法学部蔵)。田圃志では元禄五年(一六九二)の高七一〇石余、うち畠高一七四石余。石高書上帳案の郡帳高も七一〇石余。元禄元年の村位は上、田三二町九反余・畠二八町五反余(「志摩郡御床触郡帳」鎌田家文書)本村と枝村向町からなり、産土神ははつ川の南にある中原なかばる天神社(天明五年「御床触村々風土記下地書上帳」同文書)


松隈村
まつぐまむら

[現在地名]東脊振村大字松隈字松隈

田手たで川沿いの山麓地帯に位置する。慶長絵図に「松隈」(上東郷の内)とみえる。

村内に天台宗の背振山安禅あんぜん寺がある。仁比山文書に、

<資料は省略されています>

とあり、南北朝期より寺名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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