林田谷村(読み)はやしだたにむら

日本歴史地名大系 「林田谷村」の解説

林田谷村
はやしだたにむら

[現在地名]姫路市林田町林谷はやしだちようはやしだに

口佐見くちさみ村の南に位置し、西は林田川を挟んで林田村。揖東いつとう郡に属する。慶長国絵図に谷村とみえ、林谷村とも称された(貞享元年「脇坂淡路守領知目録」脇坂家文書など)領主の変遷は口佐見村と同じ。正保郷帳では田方五九〇石余・畑方二八石余。元禄郷帳には「林田谷村」と記され、高六四四石余。以後村高に大きな変化はない。当村は美作道飾西しきさい宿の助人馬役を勤めた(寛文一一年「飾西宿助人馬役存続願書」飾西自治会蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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